伊藤さんが得意としている心理療法が「森田療法」だ。精神科医の森田正馬氏によって日本で100年以上前に編み出されたもので、過敏性腸症候群の治療にも有効とされている。
例えば、うっかりおならが出てしまう経験は、誰にでもある。だが、過敏性腸症候群の人の場合は、「まわりに音が聞こえて、変に思われているのではないか?」と過剰に反応してしまう。こうした“ちょっとしたこと”を過度に捉えることで、過度なストレスを感じ、視床下部や自律神経が正しく機能しなくなってしまうのだ。
成功体験が症状を和らげる
森田療法では、患者が普段の生活でどんな経験をしているのか、心療内科医や心理士がていねいに話を聞いていく。大学ノートなどに日々何が起きたのか具体的に書いてもらい、それを見ながら治療を進めていく。伊藤さんによると、患者の日々の行動を細かく見ていくと、症状の改善につながる“発見”があるという。
「例えば、電車の中でお腹が急に痛くなった経験があると、次からはつねにお腹の調子が気になって、電車を降りてトイレに行くことばかり考えるようになります。でも、たまたま通勤電車のなかで急に上司から仕事のメールが来て、そのことを考えていたら会社の最寄り駅に着いてしまった、といったことが仮にあったとしましょう。このように、本人が気づかないうちに意識をお腹の不安からほかに向けられているケースもあります」
こうした成功体験を重ねていくことで自信がつき、症状が改善していくという。
「患者さんはお腹に少しでも異常を感じると、意識がそこに向いて神経質になりがちです。しかし、お腹の症状はともすると誰もが経験すること。ほかの人はそれほど意識をそこに向けておらず、これからのことを考えている。お腹の症状なんていつの間にか忘れているわけです。患者さんがそんな気づきを得ることで、症状の改善につながっていきます」と伊藤さんは続ける。
こうした自律訓練法や森田療法を受ける前段階、つまり心療内科に行く前の診療で症状が改善するケースも、もちろんある。 ただ、それで治らない場合は、一度、心療内科で診てもらう手もあることを覚えておくといいかもしれない。
なお、心療内科のなかには、伊藤さんのように内科医が精神医療を学んでいるケースのほか、精神科医が内科系の医療を学んで心療内科を標榜しているケースもある。この場合、治療のアプローチが若干異なる場合もあるという。
(取材・文/若泉もえな)
この記事の前編:【繰り返す下痢】10人に1人が悩む便通異常の訳
HDCアトラスクリニック心療内科、東急電鉄株式会社統括産業医
伊藤克人医師
1980年、筑波大学医学専門学群卒業後、東京大学心療内科に入局。1986年より東京急行電鉄株式会社東急病院に勤務。現在は東急電鉄株式会社統括産業医兼、東急病院心療内科医師。専門は心身医学、産業医学、森田療法。著作・監修に『いちばんわかりやすい過敏性腸症候群』(河出書房新社)など多数。
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