橋爪:はい。まず、プーチンは軍と対立しています。戦争がうまくいかないのは軍のせいだと言って、国防次官をクビにしたり、司令官に、こうしろ、ああするなとじきじきに指示したりしているのも、軍人としては面白くないわけです。
しかし、言うこと聞かないとクビになるし、言うこと聞くと失敗する。だから、言うこと聞いているふりをして、適当なことをやる。今後さらにサボタージュに近いような状態になっていくと思う。
プーチンがたきつけた極右派のグループも、プーチンを煙たく思っている。極右派というのはプーチンを支持してなんぼの存在だったのが、今は、「プーチン、おまえはもっと頑張らないと駄目じゃないか」と、尻をたたくことで存在感を示しているわけですね。
それと、国営メディアを信じ込んでいた一般市民、世論調査だとプーチン支持が圧倒的ですが、市民たちにはよほどの愛国者でない限り、プーチンを支持する気持ちなんかとくにないんですよ。エリツィンよりましだったかなとか、そのくらいのものです。
大澤:つまり人気がない。人望もない。
プーチンの権力の基盤は「秘密警察」
橋爪:なぜそうなるかというと、『おどろきのウクライナ』でも詳しく述べましたが、プーチンの権力の基盤は秘密警察だからです。秘密警察は陰謀の塊で、相手を説得するのではなくて、脅迫したり抹殺したりして、合意のようなものを裏街道でつくり出していく。
権力の表舞台には操り人形のような人間を配置して、国全体を動かしていくという手法でできているので、プーチンにはこの手法しかないんですね。これはソ連時代に培われたものですが、共産党がなくなってもこの基盤だけが残っている。その手法で国が何とかなればいいじゃないかというやり方です。
大澤:なるほど。その背景を聞くとプーチンの本質がわかりますね。
橋爪:その結果、ロシアという国には国民の主体性というものが育たず、サイエンティストやエンジニアはみんな失業し、製造業はほぼなくなり、国民生活は解体して、地下資源をたたき売るという経済になってしまった。
その地下資源をたたき売っている胴元がオリガルヒという人びとで、プーチンと二人三脚でやっていた。矛盾もいろいろ出てくるが、大ロシア主義という幻想を吹き込んで、自分の体制を維持しようとしたわけです。それはクリミアでもほかのところでも、けっこううまくいった。相手がそれほど強敵ではなかったからです。
ところがそれをウクライナでやろうとしたら、ウクライナには主体性を持ったウクライナ国民がいて、本気で立ち上がってきた。一方ロシアにはロシア国民なんていない。だから、戦争はうまくいかない。これは当然の成り行きでしょうね。