1992年にノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・ベッカー教授が指摘したように、企業が人的資本の育成に力を注ぐのは、訓練を受けた労働者がその企業で長く働いてくれると期待しているからであり、たとえ社会的には便益を生み出すと考えられても、短期間で他企業へ移動するような労働者にコストをかけるインセンティブはない。
もちろん、こうした政策により、その企業により魅力を感じ長期雇用を選択する労働者も現れるかもしれない。しかし、より多くの労働者のスキルを向上させるためには、個々の労働者の自己啓発活動に対しても支援すべきだろう。
個々の労働者のスキルアップは話題にのぼらない
不思議なことに、企業の訓練投資への助成については大きく注目されるのに対し、個々の労働者のスキルアップはほとんど話題にものぼらない。
これは新型コロナウイルスの感染拡大時に、国民に対する支援金給付の方法をめぐって話題になった日本のデジタル化の遅れとも関連がある。すなわち、日本ではデジタル技術を利用した個人への直接支援がほとんど実施できない体制になっており、このことが企業を通した間接的な支援策にとどまっている理由となっている。
2021年9月にはデジタル庁も発足し、ようやく政府もマイナンバー制度の普及に本腰を入れ始めた。若い世代では、すでに転職が当然のこととなっており、語学やデジタル技術の習得に力を入れている。これからはマイナンバー制度を通じて、こうしたスキル向上のためにかけた費用を支援する制度を普及させるべきだろう。
ここまでは人々が社会に出てからの技能の習得を中心に話を進めてきた。こうした社会に出た段階以降の人的資本の向上が生産性に寄与するということがデータも交えて議論されるようになったのは、それほど古いことではない。むしろ人的資本の研究の歴史から言えば、学校教育が経済成長に与える効果のほうが、はるかに歴史があり、より有益な実証研究が蓄積されている。
ただし、これらの研究は経済発展の文脈で語られることが多く、政策的にも識字率の向上など、現在の日本の状況に直接関連性のある議論が少なかった。
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