作家・黒木亮「部分廃線直前」故郷の留萌線をゆく 英国在住「経済小説」の名手、高校時代に列車通学

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経済作家の黒木亮さんと故郷の秩父別駅(筆者撮影)

平日にもかかわらず、改札には20人あまりが列を作っていた。北海道の北西に位置する留萌駅。深川行きの1両編成は、鉄道ファンとおぼしきカメラを手にした面々で埋まった。このような混雑ぶりは8月末、沿線市町が留萌線の廃線に同意し、カウントダウンが始まってからのこと。それまで留萌駅の乗降客は時間帯によっては1〜2人だった。

ニシン漁で栄えた港町の駅からはかつて、北の幌延へ、南の増毛へと沿岸にも線路が延びていた。今は内陸の深川まで50.1kmを結ぶ留萌線の終着駅として、1日14本が発着する。

 

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留萌線沿線で育った黒木亮さん

JR北海道が2016年に「鉄道より他の交通手段が適している」と示した輸送密度200人未満の5路線のうち、留萌線は最後に廃線が決まった。留萌―石狩沼田間は2023年3月末、石狩沼田―深川間は2026年3月末に運行を終える。100年を超える歴史に幕が降りる。

いざ廃線となると乗客が増えるのは、鉄道の常。「葬式鉄」などと呼ばれる。東京からやってきた筆者もその類といえるが、隣の御仁は趣が異なる。

「子どもの頃、留萌線に乗って海に遊びに出かけました。留萌の黄金岬で釣ったカニの入ったバケツを手に、乗って帰ったものです。父がそのカニをつまみに酒を飲んだりしてね」

ロンドン在住の経済小説作家、黒木亮さん。1957年に生まれ、沿線の秩父別で育った。高校時代は、隣町の深川まで留萌線で通学していた。10月、深川市から講演に招かれて帰郷する折に「一度、乗っておこうと」、深川と留萌の間を往復する道のりに同行した。

黒木さんは早稲田大学に進んで競走部で箱根駅伝を走り、国際金融の世界で活躍したのち、2000年に国際協調融資の舞台裏を活写する『トップ・レフト』で作家デビュー。『巨大投資銀行』『鉄のあけぼの』をはじめ、リアリティある骨太の経済小説を生み出してきた。

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