日本人はいつから「風呂」好き?知られざる歴史 江戸時代以前は湯につかる入浴はまれだった?

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昭和になると、「ガスかまど」などが普及していく。土間にしゃがんで煮炊きをしていたものが、板の間に炊事場が移ったことで立って調理をするようになる。ガスの場合は火の粉や灰が舞うこともないからだ。こうして衛生的な炊事場になり、家事のスタイルが大きく変化した。

(イラスト:大橋慶子)

入浴は、銭湯全盛の時代となるが、まだ一部の家庭に限定されていたとはいえ、お湯をガスで沸かす家庭用の風呂釜も登場する。

日本住宅公団による大量供給時代へ

一方戦後になると、深刻な住宅不足が大きな問題となった。住宅を大量供給するために1955(昭和30)年に設立されたのが、日本住宅公団だ。1950年代半ば以降は、高度成長期による都市部への人口集中も進み、大量供給できる大型団地やニュータウンなどが数多くつくられた。

この際、食事のできる台所のプラン(ダイニングキッチン)や内風呂が導入される。これに応じて設備機器の開発が進み、ステンレス流し台、木製浴槽に代わるホーロー浴槽、洋風便器、据置型洗面ユニットなどが採用されるようになる。

(出所)UR都市機構『’ING REPORT 機』より「BF風呂釜とホーロー浴槽」と「据置型洗面ユニット」

内風呂用の当初の風呂釜は、室内の空気を給気して燃焼し、煙突から屋外に排気するもので、給気や排気の不良による事故も起きていた。そのため、屋外から給気して屋外に排気する「バランス型風呂釜(BF式)」が1965(昭和40)年に量産されるようになる。

また、シャワーを浴びる習慣のあるGHQの要望により駐留軍用住宅向けの湯沸器が製造されたことを契機に、お湯を沸かす場所ごとに設置しやすい「小型湯沸器」や貯湯式湯沸器などが国産品として開発されていく。

次ページ1970年代には内風呂が普及し、住宅の近代化が進む
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