それでは実際の労働生産性と賃金の動向を見てみよう。
先にあげた式の左辺である1人当たりの賃金は、厚生労働省の「毎月勤労統計」から労働者5人以上の事業所で働いている人の現金給与総額をとる。一方、右辺の労働分配率(0.3)を除いた部分は、国全体としてみれば名目GDPを就業者数で割った1人当たり名目GDPに相当するので、この指標を取る。下の図では、この2つの指標を、1995年を100として描いている。
この図を見ると、確かに2020年の生産性は1995年とほとんど変化がない。賃金は1995年から低下を続けており、2020年の賃金は1995年の9割程度となっている。つまり賃金は生産性以上に低下しているのである。
これはどうしてだろうか。
労働分配率の動きも賃金動向に影響する
まず先の式から思い浮かぶことは、労働分配率の動きも賃金の動向に影響を与えるということである。ただ労働分配率は、1995年から景気変動に応じて上下を繰り返しているが、傾向的な低下は見られない。
もう1つの可能性は、労働者の構成の変化である。玄田有史・東京大学教授が編集した『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』で、賃金低下の要因として頻繁に指摘されているのは、正規雇用者に比して賃金が低い水準にある非正規雇用者の増加である。確かに1995年には17%だった非正規雇用者の比率は2020年には35%にまで高まっている。
こうした異なる労働者の構成の変化が賃金低下の要因である一方、生産性が賃金上昇の壁を形成していることは疑いないようだ。
同じ玄田氏の書籍の中で、神林龍・一橋大学教授らが、時間的に継続して雇用される労働者の賃金の経緯を調べているが、それは労働生産性の動きに近く、低下はしていないが上昇もしていない。つまり労働生産性は賃金の上限を形成しているといえる。
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