誤解が多すぎ「日本の賃金が上がらない」真の理由 「短期的な賃金上昇策→物価上昇の好循環」の罠

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こうして見ると、参院選で各政党や候補者が述べた賃金上昇策がいかに場当たり的で、将来にわたる賃金上昇策を考えていないかがよくわかる。

木村正人氏はニューズウィーク日本版に、故安倍晋三氏が在任中に日本の衰退の認識の下に、日米外交を進めたと書いているが、多くの政治家も実はすでにそのような認識の下で、当面の賃金上昇策を述べているだけではないのだろうか。おそらく短期的な賃金上昇策を経て、物価上昇から賃金上昇への好循環につなげるシナリオなのだろうが、そのようなことがはたして可能だろうか。

下図は1980年代からの消費者物価指数と企業物価指数の変化率をとったものである。

これを見ると、今回の物価上昇率は第2次石油危機以来、40年ぶりに一定期間にわたって企業物価指数の上昇率が消費者物価上昇率を大幅に上回る可能性がある。

消費者物価が企業にとって最終財の販売価格だとすると、企業物価指数は企業間の取引にかかわる財の価格なので、原材料費の上昇をもたらす。つまり値上げによる売り上げの増加よりもコストが増加し収益が圧迫されることを意味する。

無理やり賃金を上げると、失業率が上がる

確かに販売価格の上昇は、名目賃金の上昇を可能にするが、原材料費の上昇が労働への分配分を圧迫し、実質賃金は低下する可能性がある。それでも無理やり賃金を上げようとするとどのようになるのか。

実際に1970年代には二度の石油危機で、10年間に賃金は3.5倍に上昇した。しかし同時に失業率も上昇している。1960年代の高度成長期の失業率は1%台だったが、1970年代の期間に2%台へと上昇しており、2度と1%台へと戻ることなく今日に至っている。

「失われた30年」というのは、経済的損失を指す言葉だったが、今や政治家を含む政府の経済政策への信頼と日本経済への希望が失われた30年を意味するのかもしれない。この喪失感の深刻さに目をつぶり、場当たり的な政策を続けることはもはや許されない。生産性向上を意識し、息の長い賃金向上策の実行が望まれる。

宮川 努 学習院大学経済学部教授

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みやがわ つとむ / Tsutomu Miyagawa

1978年、東京大学経済学部卒業、1978年~1999年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)勤務、1999年から現職。2006年経済学博士号修得。最近は生産性に関する実証研究に取り組む。著書に『生産性とは何か』(ちくま新書)、『インタンジブルズ・エコノミー』(淺羽茂氏、細野薫氏と共編、東京大学出版会、2016年)、『Intangibles, Market Failure and Innovation Performance』(Bounfour氏と共編、Springer、2015年)。

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