2008年、田中さんは【カウンターカルチャー】で18カ月に渡るバリスタ・トレーニングを受けて、世界でも数名しか与えられないバリスタ認証タンパーを取得し、フェデックスを退社した。そして翌年夏、東京にベアポンド・エスプレッソが誕生する。
ニューヨークで体験したコーヒーシーンのうねりは、いわばライト兄弟の初の有人動力飛行の現場のようなものだった、と彼は振り返る。「それが日本に紹介される頃にはジェット機になり、立派なエアライン会社になっている。そういう会社のプロパガンダに踊らされる人々もいるが、『コーヒーを考え直そうよ』という潮流のひとつ手前にあった、馬鹿げたきれいごとに対する怒り、あれこそがサードウェーブの原点だったと僕は思う。ベアポンドが受け継いだのは、その実体験の感動のDNA」。
価値を逆立ちしてみると、新たな美が見えてくる
バリスタ修業時代に田中さんが使い始めた「エンジェル・ステイン(天使の染み)」という言葉は、ニューヨークのバリスタ仲間に浸透して共通語になっていった。
エスプレッソはマシンから抽出される最初の数秒間においしさが凝縮されており、後半は雑味が混じってくる。そこで、最高の一杯を目指すバリスタは、エスプレッソがすべてカップの中に流れ落ちる前にタイミングを見計らってカップを引き抜くのだが、カップのふちには必ずエスプレッソが垂れた褐色の跡がついてしまう。「お客にそれが汚ねえって言われることがあったから、開き直ってエンジェル・ステインと名前をつけてやったんです」。
価値を逆転させ、新たな美しさを発見すること。固定概念を打ち破って自由になること。それがベアポンドの信条なのだ。物事には答えがひとつしかないと思い込んでいる人々もいるが、田中さんは答えはいくつあってもいいと考える。そして、こうも主張する。「僕が見つけたエスプレッソの方程式は1+1=2じゃない。1+1=A、数字の次元を超えた新世界だ」。
そんな無茶な。誰がそんな方程式を解けようか。だが、この大胆な物言い、無茶な理屈を痛快だと感じさせるだけの大きな魅力が彼にはある。
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