一方、プーチン氏が2022年10月20日からウクライナ4州で施行した戒厳令についても、スターリンの影がちらつく。1941年に始まった独ソ戦で、ソ連は兵器製造能力の面で当初ドイツに比べ劣勢だった。しかし、スターリンが戦時経済体制の下、兵器製造に国民や経済体制を総動員した結果、1942年末には兵器生産量でドイツを追い抜き、勝利の原動力になった。
同様の戦時経済体制の構築を狙ったのだろう。プーチン氏は戒厳令施行とともに、軍需にすべての経済資源を集中するため、ミシュスチン首相をトップに政府調整会議を立ち上げた。
同時に今回の戒厳令をめぐっては、戦時総動員体制の構築以外に、国内での反政府機運の高まりを抑え込むのが狙いとの見方が強い。ロシア南部クラスノダール地方や占領を続けるクリミアなど8つの連邦構成体には戒厳令に次ぐ「中度対応態勢」が、また首都モスクワを含む中央連邦管区と南部連邦管区には「高位準備態勢」が導入された。これがロシア全土への事実上の戒厳令施行に向けた第一歩とする見方が根強い。
反政府運動の再起可能性も高まる
プーチン氏のスピーチライターを務めた経験があり、クレムリン内の事情に精通する政治アナリストであるアッバス・ガリャモフ氏は、こうした見方をしている一人だ。「戦争で事態逆転の打つ手がなくなった今、大統領が恐れているのは反政府運動の広がりやクーデターだ」と指摘する。
プーチン氏が懸念するこうした動きがすでに国内で始まっている。ロシアの反政府指導者で投獄中のアレクセイ・ナワリヌイ氏の関係者が2022年10月4日、ウクライナ侵略と「部分的動員」に対抗するために、休眠中だったナワリヌイ派の地域政治ネットワークを再開すると発表したのだ。かつてロシア全土に50の地域本部を持っていたナワリヌイ氏の政治ネットワークは、モスクワの裁判所が「過激派」組織として活動を禁止したことを受け、2021年に解散していた。
事実、ロシア国民のプーチン氏への支持には陰りが見えだしている。2022年9月末に独立系世論調査機関レバダ・センターが発表した世論調査で、プーチン氏への信頼度は前回調査より6ポイントも落ち、77%に低下した。戦争支持派の国民すら混乱させた同年9月の部分動員令が影響したとみられる。
これまでクリミア併合などの戦勝を最大の求心力にしてきたプーチン氏にとって、ウクライナでの敗北を簡単に受け入れるわけにはいかないだろう。2024年の大統領選での再選はおろか、出馬さえ困難になる恐れがあるからだ。
ヘルソン市が陥落すればいっそう追い込まれて、プーチン氏が内外で過激な行動に出る可能性は十分ある。こうした事態に備えて、国際社会はより団結する必要があるだろう。
スターリンのひそみに倣おうとするプーチン氏だが、両者の間には大きな違いがある。独ソ戦中、ソ連はナチス・ドイツと戦うイギリスなどの連合国に大規模な軍事支援を与えたアメリカの「武器貸与法」(レンド・リース法)の対象国だった。これに対し、今のロシアは前例のない西側の大規模制裁下にあり、今回の戦時動員経済化が思惑通りいく保証はない。
この点で、中国の動向も今後重要になってきそうだ。2022年10月23日、念願の3期目の共産党指導部発足を実現させた習近平氏が、ロシアと米欧の間で何らかの調停者的役割を果たす可能性もあるだろう。
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