トルコが中東地域で孤立感を深める理由 イスラム国とトルコの複雑な関係
――AKPへの国民の評価は高いということですね。
AKP政権は、発足前年の2001年に起きた過去最悪の金融危機を終息させたのです。国際通貨基金(IMF)のスタンドバイ取り決めに基づく経済構造改革を地道に実行し、財政を健全化して高インフレも抑え込みました。政治、経済ともに安定して対内直接投資が増え、トルコ経済は年平均4.9%(2002~2013年)の高成長を遂げました。
もっとも評価が高いのは、国民一人当たりの所得を底上げしたことでしょう。2002年の3492ドルから、2013年には3倍増の1万807ドルとなりました。この間、トルコリラが対ドルで増価基調だったとはいえ、国民の購買力は大きく伸びました。ゼロプロブレム外交も奏功し、中東アラブ諸国との経済関係が発展しました。2012年の中東アラブ諸国への輸出額は2002年の11倍、輸出額全体に占める割合は13.1%から32.8%に増えました。この間、トルコの輸出総額は4.2倍増にとどまっていますので、いかに中東アラブ諸国の比重が大きかったかよくわかると思います。
――周辺諸国からの評価は?
トルコはドラマ輸出というソフトパワーも発揮してアラブ人視聴者の心をつかみ、トルコのシンクタンクが行ったアンケート調査では、2010年頃まで中東アラブ諸国で好感度ナンバーワンの国はトルコでした。2011年に「アラブの春」が始まった当初は、EU加盟基準に調和する民主的な法体系の下で経済成長を遂げつつ、イスラム的価値観も大事にするAKP政権下のトルコを、民主化の「モデル」とみなす動きもありました。しかし、「アラブの春」が変転するにつれて、「トルコ・モデル」は見向きもされなくなりました。
宗派対立に深入りして孤立
――それはなぜですか。
トルコがアサド政権打倒を掲げてシリア内戦に間接的に介入したことで、イスラム教の宗派対立に深入りしてしまったからです。トルコには、アレヴィ―派というシーア派の異端とされる宗派を信じている人々がかなりの比率でいますし、少数ですがキリスト教徒やユダヤ教徒もいるので、決してスンニ派のみの国ではないのですが、AKP政権はスンニ派の反体制勢力に加担する形でシリア内戦に介入したのです。
アサド政権はシーア派の一派であるアラウィ派の政権です。アラウィ派はアレヴィー派とは別の宗派なのですが、アサド政権を支援するシーア派のイランやシーア派政党が政権を握るイラクとの関係が悪化しました。エジプトではムスリム同胞団のムルシ政権を支持し、軍事クーデタで同政権を倒したシシ国防相(現大統領)を強く非難したため、エジプトとの関係も悪化しました。ムスリム同胞団を危険視し、シシ大統領就任を歓迎したサウジをはじめとする湾岸王制諸国も、トルコの姿勢を快く思っていません。
――そうなると、経済への打撃も当然ある。
2012年に32.8%だった中東アラブ諸国向け輸出の比率は、2014年に28.6%まで縮小しました。陸路での主要輸出ルートだったシリア、イラクが内戦状態となり、トルコの輸出業者はルート確保に苦労しています。イランへ迂回したり、イスラエルやエジプト、サウジアラビアまで船で運び、そこから陸送するなどの手段を取っていますが、輸送コストはかさむ一方です。最大の貿易相手であるヨーロッパ諸国の経済低迷も長引いており、経済成長は2012年2.1%、2013年4.1%と減速しています。「ゼロプロブレム外交」は「ゼロフレンド外交」と揶揄されるようになり、トルコは中東地域での孤立感を深めています。
(撮影:尾形文繁)
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