効率重視で動く人の成果が逆に下がる意外な事情 自己満足で悪循環、判断力と創造性を低下させる

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もうひとつ、「創造性の低下」も、効率の追求が引き起こす大きな問題点です。効率を目指して時間を意識すればするほど、私たちは良いアイデアを思いつきにくくなり、問題解決の能力も下がる傾向があります。

ハーバード大学の心理学者テレサ・アマビールは、7つの企業から177人の従業員を集めて業務日誌を書くように指示。約9000日分のデータをもとに全員の働き方を解析し、次の事実をあきらかにしました。

○仕事中に時間を強く意識した日は、そうでない日よりも創造的な思考の出現率が45%下がり、プロジェクトの成果も低くなる
○創造性の低下は2〜3日後まで続いたが、ほとんどの従業員はその事実に気づいていなかった

効率を求めて時間を気にすることで、大半の人は思考の広がりがなくなり、そのせいで最終的な成果の量まで減ってしまうようです。

このような問題が起きるのは、創造的なアイデアを生むには「拡散的思考」が必要だからです。これは、頭の中にとりとめもないイメージや記憶を遊ばせるタイプの脳の使い方で、心と体がリラックス状態に入ったときに現れやすい傾向があります。

このタイプの思考法が創造性に欠かせない理由は、説明するまでもないでしょう。オリジナリティのあるアイデアを思いつくには、ジェームズ・ダイソンが製材機からヒントを得て掃除機を開発したように、ジョルジュ・デ・メストラルがゴボウの実の構造を面テープに応用したように、既成の知識を新しく使う方法を編み出すか、これまでにない新鮮な組み合わせを探さねばなりません。

そのためには、頭の中を自由なイメージと知識がさまようにまかせ、意外な情報の結びつきが起きるのを待つ必要があります。シャワーを浴びるあいだや眠りに入る寸前ほど良いアイデアが浮かぶのも、リラックスモードに入った脳が拡散的思考に切り替わったからです。

現代の仕事の7割で求められるのは創造的発想

対して、ひとつのことに意識を集中させ、特定の情報に脳のリソースを使う脳の使い方を「収束的思考」と呼びます。時間を気にしながらTo Doリストを処理したり、締め切りに追われてスケジュールをこなしたりと、目の前のタスクに意識を向け続けねばならない場面では、その人の脳は収束的思考に切り替わり、集中力を高める方向に働き出すわけです。

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残念ながら、人間の脳は拡散と収束を同時に使えるようにはできておらず、集中力を高めようと思ったら創造性はあきらめるしかありません。すなわち、いつも効率を求めて時間を気にしていると、私たちは収束的思考ばかり使うことになり、拡散モードの出番がなくなってしまいます。その結果、創造的なアイデアの量は減り、やがてはプロジェクト全体の停滞につながるのです。

マッキンゼーの調査によれば、現代の仕事の7割では創造的な発想が求められます。効率化をすべて否定したいわけではないものの、時間の無駄にこだわることでパフォーマンスが下がるのは事実であり、そもそも効率アップばかりを目指していたら、新たな効率化のアイデアすら浮かばないかもしれません。産業革命の時代ならいざしらず、現代的なやり方とはいえないでしょう。

鈴木 祐 サイエンスライター

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すずき ゆう / Yu Suzuki

1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数。

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