私は、彼女の一部始終を管理しようとしました。矯正ギブスをはめて、体で覚えさせようとしていたのです。毎朝、その日の予定を報告させ、さらに予定を追加していく。前日の日報に真っ赤に赤入れをして戻す。出社のときのあいさつ、服装、電話の取り方や受け答え、アポへの同行、その後の対応への指示・報告、1日の反省、日報を受け取るまで、手取り足取り、なんでもかんでも口を出しました。
「あれはやった?」「これはこうしなさいって言ったでしょう?」と口うるさいのなんのって、今、思い出しても驚きの世話焼きババアぶりです。
彼女は、あまり感情を表に出さないタイプだったのですが、私は反応がないのに不安になったりイライラしたり。私がいちばん髪振り乱して、まるでコメディのようでした。周囲から「なんか大変そうじゃん」とか「特訓してるねぇ」とかからかわれ、仲良くうまくやっている男性同士のほかのコンビを見ると、「こんなに一生懸命、彼女を育てようとしているのに! 今に見てろよ~」的な対抗意識をムラムラさせていましたねぇ。
そんな空回りのある夜、次の日のプレゼン資料について彼女と打ち合わせしていると、彼女の反応がやはり鈍い。「あなたがトップセールスになるためにやってるんじゃない? 私だって、自分の仕事もやりながら教育担当やってるんだから、うんとかすんとか言いなさいよ!」と腹立ちまぎれに言ったところ、「はぁ~~っ」と大きなため息をつかれた後、なんと、「ここは、うん、と言うのと、すん、と言うのとどっちが正解ですか?」と言われたのです!
あまりの言いように脱力した私は、しばらく黙っていましたが、なんだかおかしくなってきて大笑いしてしまいました。彼女も大笑いしていました。
彼女はそれまでもそれからも、「あなたが教育担当ではいやだ」とか「こんなやり方にはついていけない」とか、私を傷つけるような言葉はまったく言いませんでした。きっと懸命についていこうとしてくれていて、感謝もしてくれていたんだと思います。でも、いつの間にか、主体が彼女ではなく私になってしまっていた。私の育てたい像に当てはめることばかり考えていた私に、ロボットになってでも応えようする彼女、そんな関係になってしまっていたのです。
それに気づかされた「うんとかすんとか」事件の後、私は「あと何カ月かだから、このまま特訓するけどさ。言いたいことや思っていることをちゃんと自分の言葉で言わないと怒るよ」と言いました。すると、彼女は「もう眠くて疲れたので、今日は帰りたいです!」と元気に答えました(笑)。また大笑い。なんだか変な打ち合わせでしたが、これをキッカケに私たちの関係は、それまでよりずっと本音ベースになりました。
私は基本的に厳しい対応を変えなかったけれど、「どう思う?」「どうしたい?」などと彼女の意向は聞くようにはしましたし、彼女も率直な反応をしてくれるようになりました。もちろん、そこから言い合いになったこともありましたが、「ふたりのプロジェクト」として、最後まで同じ目的に向かって走れるようにはなったと思います。
彼女が新人賞を獲得して、スポットライトを浴びて表彰されているのを見たときは、うっかり泣けてきました。あれから15年くらい経ちますが、今でもなんだかんだで付き合いが続き、不思議な師弟関係を保っています。彼女は「うんとかすんとか事件」は覚えていないかもしれないけれど、あの夜のこと、私はとてもくっきりと思い出すことができます。
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