戦況悪化でむなしいプーチンの「領土拡大」宣言 モスクワではポスト・プーチン体制に向けた臆測も

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プーチン氏にとって戦局はいよいよ厳しさを増している。併合宣言の直後である2022年10月1日、ウクライナ軍は東部ドネツク州の要衝リマンを奪還した。リマンはドネツクとルガンスク両州での補給路のハブで、2022年5月にロシア軍が制圧していた。

約5000人のロシア軍部隊は撤退した。これにより、ウクライナ軍は当面最大の攻撃目標であるドネツク州の州都ドネツク市の攻略に向けた準備が整ったと言える。ウクライナ側は同市が陥落すれば、両州を合わせたドンバス地方のロシア軍は総崩れになるとみている。

弾薬などの兵站面でも苦しかったリマンのロシア軍部隊は、撤退前日には包囲されていた。軍事筋によると、部隊司令官は撤退前、プーチン大統領に撤退、あるいは投降したいと許可を求めたが、大統領はいったんは拒否した。しかし包囲網を破る戦力がないことは明白で、投降されるよりは撤退したほうが政治的ダメージは少ないと、最終的にプーチン氏は撤退を選択せざるをえなかったとみられる。

ゼレンスキー大統領の「プーチン外し」

投降をめぐっては、南部ヘルソンでも兵站が尽きかけているロシア軍司令官が大統領に許可を求めたが、拒否される事態となっている。ロシア軍の士気喪失を象徴する動きだ。ヘルソンでは2022年9月27日に動員されたばかりの予備役が戦線に投入されたという。ろくな軍事訓練を受けないままで派遣されたのは間違いない。

ウクライナ軍は今後、反攻作戦をさらに拡大する計画だ。軍事筋によると、すでに包囲に近い状態にあるヘルソンのロシア軍への攻勢を強める方針という。投降を呼び掛ける作戦だ。多数の投降者を収容するためにオデッサに捕虜収容施設も用意済みだ。ヘルソンを奪還し、南部に位置するクリミア半島への攻撃の出撃基地とする戦略だ。

こうした反攻作戦強化と並行して、ウクライナはロシアに対し大きな外交攻勢に出た。併合宣言直後にゼレンスキー大統領が発表した、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)への加盟申請と、「プーチン氏相手に交渉せず」の宣言だ。とくに後者はプーチン氏にとって大きな打撃となる。

ロシアに占領された全領土、つまり4州にクリミア半島を加えた地域の武力奪還を反攻作戦の目標に掲げるゼレンスキー大統領だが、最終的な戦争終結はロシアとの外交交渉で決まると認識している。この交渉の相手としてプーチン氏を受け入れないということは、プーチン氏が大統領でいる限り、ロシアは戦争終結の交渉のテーブルに着けないことを意味する。

このため、ゼレンスキー大統領の宣言は、ロシア国内で戦争終結に向け、プーチン氏排除やむなしの声が出ることを狙った巧妙な一手だ。

ウクライナ側のこうした「プーチン外し」の動きの背景には、戦況の悪化でプーチン氏の国内での指導力に陰りが出始めていることがある。プーチン氏のスピーチライターを務めた経歴からクレムリンの内部事情に精通している政治評論家のアッバス・ガリャモフ氏は、プーチン氏について「まだ政治的主導権を完全に手放してはいないが、一方で政治状況が大統領を動かし始めている」と指摘する。

例としてガリャモフ氏は、直前に急遽決まった住民投票の実施を挙げる。プーチン氏自身は制圧完了前の併合に乗り気ではなかったが、4州での親ロ派指導者たちの要求を受けて渋々実施したという。ハリコフ州の完全陥落を受け、親ロ派指導者たちは4州が奪還された場合、自分たちもウクライナ側から「対ロ協力者」として摘発されることを恐れ、併合宣言による占領体制の強化を主張したという。

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