戦況悪化でむなしいプーチンの「領土拡大」宣言 モスクワではポスト・プーチン体制に向けた臆測も

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反西側言辞を繰り返した異様とも言える高揚ぶりに対し、ロシアの著名な反政権派ジャーナリスト、ミハイル・フィッシュマン氏は「大統領の政策演説というより、精神病者の演説だ」とこき下ろした。強迫観念に取りつかれたかのようなプーチン氏の精神状態についても、国際社会は注意深く見守る必要がある。

また、プーチン氏が2022年9月21日に発表した「部分的予備役動員」をめぐっては混乱が続いている。ジョージアやカザフスタンなど地続きの隣国との国境を通って、兵役を拒否する男性が長蛇の列を作って出国を試みている。外交筋はすでに出国者が30万人に上るとの見方を示している。この数字は、今回の動員令が対象者の数として公表した30万人と同規模だ。いかにロシア社会に大きな動揺が走ったのかを示す数字だ。

「戦死したくない」という本音

本稿筆者が注目しているのは、兵役忌避の理由やロシア国内の反応だ。ロシア内外の報道やSNSを通じた兵役忌避者の発言を見ると、プーチン政権の侵攻に反対する声は多数派ではない。もちろん、戦争批判が刑事罰の対象となるため侵攻批判を公言しにくいという事情があるにせよ、とにかく「戦死したくない」との発言が目立つ。「反戦」ではなく、自分の、あるいは家族の従軍だけは勘弁してほしいとの率直な本音だ。

これは、政権発足以来の20年間、クレムリンが安定した生活を実現する見返りに、国民にはクレムリンの政策には異議を唱えず、言論の不自由にも我慢することを求めてきたプーチン政権と国民との間の「社会契約」が大きく損なわれたことを意味する。

しかし「社会契約」は揺らいだものの、ロシア社会の伝統的な特性が結果的にプーチン政権を助けていることも事実だ。たとえ、国家が間違った戦争をしたと思っても、戦時中は政権を支持してしまう「盲目的愛国心」の強さがロシア社会の特徴だ。

今回の動員問題でも、「盲目的愛国心」のお陰で個々人が動員に不満を持っても、その不満の「粒子」が次々結合し、大きな反政府運動という社会的塊へと結集することがない。その結果、大きな反戦運動が生まれないのだ。

この背景には、西欧が長い時間掛けてさまざまな権力の横暴と戦った末に、個人の自由や権力監視など近代社会の特性である「市民社会」を築いたのに対し、ロシアではいまだに市民社会が確立できていないことがある。

市民社会への移行については、2022年8月に亡くなったミハイル・ゴルバチョフ元大統領による改革(ペレストロイカ)時代に議論が始まり、ボリス・エリツィン政権時代にその萌芽ができたが、プーチン時代では西側の価値観として葬り去られた。

動員をめぐってはその後、予備役でもない男性への招集令状発行など行き過ぎた動員の修正をプーチン氏が命令している。これは、兵役拒否の個人レベルの動きが反戦運動のうねりへと変質することを回避するための世論懐柔策とみられる。ロシアの軍事評論家であるユーリー・フョードロフ氏は、この修正発言について「社会的な不満の爆発を防ぐのが狙い」と指摘している。

動員をめぐってプーチン氏の支持率は下がっているが、今後政権を脅かすようなレベルまで下がらないよう、クレムリンはさまざまな手を打つだろう。

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