「安倍氏国葬」反対派が騒いでも政府が黙殺する訳 派閥の力学という不安定要素を抱え込んだからこそ

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安倍晋三元首相 自民党本部に置かれた献花台
自民党本部に設置された献花台には多くの人が訪れた(写真:Soichiro Koriyama/Bloomberg)

凶弾に倒れた安倍晋三・元首相の国葬(儀)への賛否が文字通り国論を二分している。いや、各社の世論調査に目を向けてみると反対多数の情勢で、いまや物価高騰やコロナ第7波への対応の不備などとともに内閣支持率低迷の背景になっていると言わざるをえない。万事慎重な岸田文雄首相が事件から1週間も経たない7月14日の記者会見で意気込んで「英断」した事項だけに皮肉なものである。

政府は安倍氏の功績が国葬(儀)を実施するに値する理由を以下のように挙げている。

・ 憲政史上最長内閣という卓越したリーダーシップと実行力
・ 東日本大震災からの復興
・ 日本経済再生
・ 日米同盟を基軸とした外交
・ 外国首脳等国際社会からの高い評価
・ 民主主義の根幹たる選挙期間中の蛮行への国内外からの幅広い哀悼、追悼の意
・ 国葬儀を通じて、暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜く決意の表明
・ 活力にあふれた日本を受け継ぎ、未来を切り開く気持ちの世界への提示

安倍氏国葬の費用は総額16.6億円

岸田首相の会見によると、内閣府設置法第4条の所掌事務のなかに「国の儀式」が記載されているので、それを根拠に閣議決定で開催するという。費用は今年度予算の予備費からあて当初の説明ではおよそ2.5億円、のちに総額16.6億円との試算が公表された。賛成派と反対派で妥当か否かの見解が分かれるが、結局のところ前例が乏しく最終的には平行線としかいいようがないだろう。

戦後の首相経験者の国葬(儀)の実施例は吉田茂元首相ただ1人。1967年のことで、遠縁にあたる佐藤栄作内閣のもとで行われた。多くの人が認める戦後復興の立役者の1人だ。

1975年、その佐藤の葬儀は国民葬として当時の三木内閣のもとで実施された。佐藤も当時の最長内閣で、沖縄返還やノーベル平和賞受賞など、毀誉褒貶激しいもののやはり顕著な実績を挙げたひとりといえる。その後、1980年の衆参同時選挙に、やはり選挙運動期間中に急死した大平正芳・元首相以後、多くの首相経験者の葬儀は内閣・自民党合同葬として行われるようになった(大平の合同葬決定は当時の伊東正義・首相臨時代理)。

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