斜陽のイギリスを輝かせたエリザベス女王の軌跡 「大王」と呼ばれるにふさわしい在位70年

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イギリスで彼女を支えた首相は、かの大戦の英雄サー・ウィンストン・チャーチルからつい最近就任したばかりのリズ・トラスまで15人にも及んだが、この同じ期間に女王が相対したアメリカの大統領も14人にのぼる。

彼女が初めて会ったのはハリー・トルーマンであり、アイゼンハワーは軍人時代から女王にとっては「戦友」の一人であった。自分たちが歴史の教科書でしか知らない大統領をよく知る女王を前にすれば、オバマやトランプでさえ平身低頭になるのも理解できるであろう。

さらに女王が70年にわたって大切にしてきた絆が、コモンウェルス(旧英連邦)諸国との関係である。かつては帝国主義の下で支配と被支配の関係にあった国々が、今や対等の関係で結ばれている。その首長として諸国を束ね続けてきたのがエリザベス女王だった。

コモンウェルスは地域限定的な問題というより、全人類に関わる、より巨大な問題に挑んでいる。その1つが人権問題であり、史上最悪の人権侵害ともいうべき南アフリカ共和国におけるアパルトヘイト(人種隔離政策)にしても、女王と諸外国の首脳による連携プレーにより廃絶に追い込まれたのである。

またコモンウェルス諸国は、近年では地球環境問題にも取り組んでいる。2018年には、女王に「もしも」のことがあった場合には、後継の首長にチャールズ皇太子が就くことが首脳らの投票により満場一致で決まっていた。

大王の遺志を引き継ぐ国王たち

2022年には、エリザベス女王のプラチナ・ジュビリーをコモンウェル全体を挙げても祝い、首脳会議(2年に1度)も競技大会(4年に1度)もこの年に同時に開催された。しかし宴のあとからまもなくして、エリザベス女王は突然この世を去った。

皇太子がチャールズ3世としてあとを引き継ぎ、彼は母王と同じく、イギリス(グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国)のみならず、カナダやオーストラリア、ニュージーランドといった世界に広がる14カ国の君主にも就くこととなった。2016年以来、イギリスがブレグジット(EU離脱)によりヨーロッパから距離を取ったことで、コモンウェルスの存在はイギリスにとってますます重要になっている。

さらに、一度は敵と味方に分かれて戦い(1941~45年)、戦後にエリザベス女王が従妹のアレキサンドラ王女を訪日させたことで再び王室・皇室の関係が始まった日本との関係も強化する必要がある。

エリザベス女王が2020年に国賓としてウィンザー城に招待しようとしていたのが、天皇皇后両陛下であった。おふたりにとってそれは即位後で初の海外公式訪問にあたり、日英の150年以上に及ぶ友好関係を確かめる機会でもあった。しかし、残念ながらコロナ禍の蔓延により両陛下の訪英は延期され、この間に女王自身が崩御してしまったのである。

「エリザベス大王」が遺した遺産は巨大かもしれないが、プラチナ・ジュビリー最終日に女王とともにバッキンガム宮殿のバルコニーに姿を現し、国民から歓呼を受けた、チャールズ皇太子、ウィリアム王子、そしてジョージ王子というこれからの3代の王たちに、「大王の遺志」はしっかりと引き継がれていくことだろう。

そして天皇皇后両陛下も、新たな国王の御世にイギリスへの公式訪問を実現していただきたいと切に望んでいる。

君塚 直隆 関東学院大学 教授

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きみづか・なおたか

1967年生まれ。上智大学大学院文学研究科史学専攻後期課程修了、博士。『物語 イギリスの歴史』『立憲君主制の現在─日本人は「象徴天皇」を維持できるか』『イギリスの歴史』『悪党たちの大英帝国』『エリザベス女王』『ヨーロッパ近代史』など著書多数。

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