何をやらせてもうまくやる僕は何者にもなれない 小説集「この部屋から東京タワーは永遠に見えない」一部公開

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博報堂も、ADKも、それどころか大広も読広も、ベクトルもオプトも、どこにも引っかからなかったんです! 郡山ではやることもなくて、家でお酒を飲んで、noteに短編小説を書いたりしてたんですが、それも全然伸びません。YouTubeで「元バンドマンのオシャレ僻地ライフ」みたいなVlogも一本上げてみたんです。すごいでしょう、再生数3回です。うち1回は僕です。

価値がないものだけは、何度も作ってきましたから

なんだか、書くのをやめたらその瞬間に、自分のこれからの人生が、なんの価値も期待もないものに感じられる気がして、自傷行為みたいな創作活動をやめられなかったんです。宣伝会議賞っていう素人でも出せるコピーライティングの公募コンテストがあるんですけど、あれなんて毎年出してるんです。前回もたくさん出しました。なのにこれまで、一次審査すら、ひとつも通ったことがないんです。

今回で最後にしようと思ったんです。審査員があのコピーライターだったんです。これで通ったら絶対に泣いてしまうと思ったし、これで落ちたら、もう涙も出ないと思ったんです。仕事が終わったらそのまま会社の近くのドトールに籠もって、わざわざ買ったクロッキーにわざわざ買ったサインペンで、終電ギリギリまでいくつもいくつもコピーを書いて、締切ギリギリまで書き溜めて、そして応募しました。年が明けて3月。一次審査の結果発表の日。金曜日でした。通い慣れたドトールを通り過ぎて、駅前の文教堂に駆け込んで宣伝会議を買って、我慢できなくてお店の前ですぐ開いて、めくってもめくっても、僕の名前はなくて。駅で捨てました。

この部屋から東京タワーは永遠に見えない
『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

そのときの感情は、いま振り返ると、やっと終わってくれたんだな、もう何も書かなくていいんだな、という感じでした。頑張って考えたのに、最後なんだから一番いいものを書こうと思ったのに、何も思いつかなかったんですよ。正確に言うと、思いつくたび、こんな言葉に感動はないな、とすぐに忘れようとしてしまうんですよ。価値がないものだけは、何度も作ってきましたから。すぐ分かるんですよ。

メルカリで広告関係の本はすべて売りましたし、SNSでは広告関係の人たちのフォローも外しました。特にあのコピーライターは、目に入るだけでイライラするからブロックしました。noteのアカウントも消しました。今日は新作AVでも巡回して、早めに寝ようと思います。

麻布競馬場
あさぶけいばじょう / Asabukeibajo

1991年生まれ。慶應義塾大学卒業。2022年、Twitterに投稿したショートストーリーをまとめた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』で小説家デビュー。TwitterID:@63cities

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