赤字だった市立川西病院が劇的な変身を遂げた訳 存続すら危ぶまれたが総合医療センターとして再生

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行政である川西市と猪名川町に加え、医師会、歯科医師会、薬剤師会の3師会と、川西市と猪名川町にあるすべての病院が連携するという地域医療連携推進法人「川西・猪名川町地域ヘルスケアネットワーク」である。これにより、従来できなかった医療過疎地など広範囲な医療サービスや、質の高い医療の提供が地域の全医療機関との連携で可能となるという。

それをコントロールするために、新しい総合医療センターのロビーには「患者支援センター」が設けられ、紹介状を持って受診する患者はもとより、退院した後も患者支援を行っていく。回復期、慢性期の病院、介護施設、在宅まで含めて、ここで調整できるようになっている。

運営する協和会の北川透理事長は、「川西地域のすべての病床や介護施設の2000床あまりのPFM(入退院管理システム)を目指して、川西全体を1つの医療機関のように活用して、患者がスムーズに移動して必要な医療と介護を受けられるようにすることで『医療を受けるなら川西で』と思ってもらえるような体制が地域全体でできればと考えています」と今後の展望を語った。

市民病院が果たす役割の大きさと存在感が認められる

すでにこの地域連携体制は、コロナ禍のピーク時対応に効果を発揮している。地域の医療機関と連携をとって受け入れ体制を整えたこともあり、市民病院が果たす役割の大きさと存在意義が改めて認められたという。市立川西病院と協立病院はこれまでに2000人以上のコロナ感染症の入院患者を他の地域からも受け入れている。

越田市長は「医師確保やコロナ感染症への素早い対応等は行政職の集団であるこれまでの市の運営では難しかったと改めて感じている。今後についても安定的な経営に支えられた安心安全な医療提供に期待しているとともに、市としても病院設置者として、責任ある監督に努めていきたい」。

一時はその存続すら危ぶまれた市立川西病院は、こうして地域の民間病院との合併によって総合医療センターとして、医療改革の最前線モデルケースとなるような再建を見事に果たしたのである。

北田 明子 広報・PR、危機管理広報アドバイザー

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きただ あきこ / Akiko Kitada

大学卒業後、1983年大阪読売新聞社入社。89年同社退職後イギリスに留学。帰国後フリーランスの経済誌記者などを経て、2001年対中国投資コンサル会社の副総経理として中国に駐在。05年に帰国後、危機管理広報を中心とした広報アドバイザーとして活動。11年民間から大阪市交通局の広報課長に就任。19年堺市の広報戦略専門官に就任。22年に堺市を退職後は文筆活動のかたわら、民間や自治体の広報アドバイザーとして活動中。22年より滋賀県公文書管理・個人情報保護・情報公開審議会委員。主な著書に『笑うヤミ金融』(ダイヤモンド社)、『企業法務と広報』(共著・民事法研究会)、『企業の法務リスク』(共著・民事法研究会)がある。

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