きっと10年後には、2014年は“前奏曲”と見なされることだろう。国際秩序や地域協定がますます試されているにもかかわらず、平和と安定を守ることができる、もしくは守ろうという意志があるのは誰なのか、あいまいなままだ。
米国が世界におけるリーダーシップを放棄しつつある不安は、確かに誇張されている。が、少なくとも、オバマ大統領の「米国内の国づくり」に重点を置くという宣言は、米国が国際社会におけるその地位から身を引くことを連想させ、多くの同盟国を不安にさせる響きがあった。
一方欧州では、国内政策のマヒや欧州懐疑主義の強まりはもちろん、2008年の経済財政危機の影響を乗り切ろうと、多くの国がいまだに策を講じている状態だ。欧州は世界的役割を果たす大きな可能性を秘めているものの、その真価が発揮されるのはまだまだ先になりそうだ。
ドイツでは昨年、より積極的に国際社会で役割を果たすべきか否かについての議論がなされてきた。しかし、ドイツ国民が新たな期待にはっきり応えているわけではない。ミュンヘン安全保障報告のために実施された世論調査では、ドイツがより積極的に国際危機に取り組むべきだと考えているドイツ人は34%しかいないことが明らかになった。
指導者は問題を過大評価する
秩序が崩壊し、維持や対処が困難になるにつれ、伝統的・潜在的指導者は問題を過大評価したり、その場しのぎの対策に過度に依存したりして、事態の進展予測や安定化を困難にしてしまう。
世界はより複雑になり、それが問題を大きくする。多すぎる情報に圧倒され、政府や主要な国際機関は騒音の中でシグナルを見落としたり、誤った判断を下したりしてしまう。少数の重要な問題に集中すれば、より適切な意思決定ができるかもしれないが、指導者にとってはそれがより一層難しくなっている。
かつての多くの想定は2014年に消えた。それらに取って代わるべきものは何かを世界が考える機会だ。
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