「トゥキュディデスの罠」という言葉をご存知だろうか? 地政学上の概念の1つで、「新たに勢力を伸ばす新興国が現れ、それまで覇権を握っていた大国の不安が増大すると、両者は戦闘状態になる」という、戦争勃発の法則を指している。予断を許さない米露の対立、また将来懸念される米中の衝突を避けるヒントとして、近年注目が集まっている。
この概念のもととなっているのは、世界最古の戦争史の1つと言われる『戦史』である。古代ギリシアの歴史家トゥキュディデスが、およそ2500年前に記したものだ。『戦史』で描かれるのは、ギリシア半島の覇権を争う、新興国アテネと大国スパルタの30年にも及ぶ「ペロポネソス戦争」だ。
戦争に向けて民衆を鼓舞する指導者の演説や、無謀な作戦にもかかわらず、なぜか熱狂していく民衆の姿…。そこに描かれる人々の言動は、2500年前の出来事とは思えないほど生々しく、現実的だ。
平和を望むはずの人々が、なぜ戦争を選んでしまうのか。そのヒントの1つは、その国の指導者がいかに戦争に大義名分をつけ、民衆を納得させるかにある。
今回は、アテネの指導者・ペリクレス将軍が開戦前に民衆に向けて行った演説を、『戦史』の一部を親しみやすい日本語に翻訳した新刊『人はなぜ戦争を選ぶのか』より抜粋して、お届けする。
戦争は、我々の決意を試すものである
アテネ人諸君、わたしは再三にわたってペロポネソス勢(スパルタを中心とする軍事同盟、ペロポネソス同盟のこと)に譲歩してはならないと主張してきた。
戦争を決意したときの熱意が、開戦まで持続することなど滅多にないことは理解しているつもりだ。状況が変われば、決意が鈍るのも当然のことだからである。
ゆえにわたしは今一度、これまで口酸っぱく忠告してきたことを繰り返したい。現時点でどうするか決めかねている者たちは、たとえ道に迷うことになろうとも、我々の決議をあくまで支持してくれないだろうか。そうしなければ、戦争に勝利しても、その賢明な決断について一切の手柄を主張することはできないだろう。
出来事は人間の意志と同じで、予測することはできない。ゆえに物事が計画通りに進まないとき、我々はそれを不運のせいだと嘆くのである。
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