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「もちつもたれつ」で生きのびてきた「神仏習合」 「2つの原理」で此岸と彼岸を行ったり来たり

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地下の世界、他界、死後の世界と関係がある国津神の系統で、この世の政治的秩序を守るのが天津神系のアマテラスだ。アマテラスは太陽の神だから、もっと多くの機能があってもよさそうだが、この世の政治的な支配に関わっているものの、その面でも印象的な逸話はない。(中略)
それに対して、スサノオ、オオクニヌシは「あの世」系だ。(『教養としての神道』139頁)
もちろん、村々の鎮守の神々、家の神棚にいる神々はそれほど怖くはないし、政治的でもない。また、稲荷は宅地の中にも祠があるなど、商売をする人をはじめ多くの人々が信仰する不思議な力を持っている。八幡信仰、稲荷信仰、山岳信仰は神仏習合の世界を代表する神々で、神道を存続させてきた一方の原動力だが、他方に、秩序を守る国家神である伊勢神宮のアマテラスがあったからこそ、人々の生活に近い神々が生きのびてこれたともいえる。八幡も稲荷も一方では朝廷と近い神である。他方、伊勢神宮とアマテラスも出雲をはじめとする国津神に支えられているので、もちつもたれつという関係にあるともいえる。(『教養としての神道』140-1頁)

「生き続けていくこと」を目的に置いた神仏習合

このように日本の信仰でも、普遍的な性格を持つ天津神が絶対的に強いわけではなく、かといってローカルな神である国津神こそがすべての根源であったというわけでもありません。島薗さんの言うように、「もちつもたれつ」が日本独特の信仰体系である神仏習合のキーポイントなのです。

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2つの原理を行ったり来たりすることは、どちらかの原理を絶対的優位に置くことではありません。場合や状況に応じて原理の価値は変わってくるし、その価値自体も絶対的なものではないのです。このように2つの原理が「もちつもたれつ」ある状態こそ、日本古来の神々の関係であり神仏習合というあり方として日本において長く続いてきました。

そもそも何のために神仏習合というアイデアは生まれたのか。それはたぶん、「生き続けていくこと」を目的に置いたからだと思います。日本のように多様な自然に囲まれ、災害も多い場所で暮らしていくことは「どうなるかわからない」状況で生きていくことを意味します。さまざまな可能性が考えられる環境下を生きるのであれば、状況に応じて時限的な解答を出す習慣を身につけておく必要があります。そのためには神仏習合のような「もちつもたれつ」アプローチが有効だった。現代という答えのない時代を生きるうえで、ぼくたちはこのアプローチの有効性を山村暮らしのうちに強く実感しています。

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