最低賃金を時給1200円に上げるのが得策と見る訳 経済学の定石では先に上げるのは愚策とされるが

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③ リベンジ消費とインバウンド回復にぶつければ最低賃金を上げても雇用は減らない

この考察で重要な点は「雇用が急拡大するタイミングであれば、この問題は回避できる」という視点です。求人に対する需要が急拡大すれば人が採れないことで多少賃金が高くても人を雇おうという雇用主がたくさん出てきます。マスクが不足した当時に50枚5000円でもマスクが売れたのと同じ経済現象です。

そしてそのタイミングとは50兆円の強制貯蓄が放出されリベンジ消費が起きるこの夏から外国人観光客が大量に日本に入ってきてインバウンドが回復してくるこの秋までのタイミング。ここで飲食業界、観光業界などこれまで絞ってきた雇用を一気に増加させたいというニーズが発生して、日本全体で人手不足が起きます。

ですからそのタイミングに最低賃金大幅増をぶつけることで、最低賃金を人為的に動かすマイナスを回避しようというのが今回のアイデアです。

日本にとって千載一遇のチャンスとなるはず

マレーシアでは財界からの反発がある中でこの5月1日から最低賃金を25%引き上げました。日本で930円の最低賃金を1200円に上げるというのはそれに匹敵する上げ幅であると同時に、この秋までの消費者物価指数の値上げも余裕で吸収できる値上げ幅になります。それでもアメリカ・カリフォルニア州の最低賃金15ドル(約2025円)と比べればまだ日本の賃金は全然安いことになります。

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この政策提言の重要なところは、この施策で人口のボリュームゾーンにあたる層が買い控えから普通の消費へと戻る点です。家計を節約し、エネルギーを節電し、外出も減らしてという行動から、普通の生活に戻すことができます。貯蓄がほとんどない層であるがゆえに、逆に賃上げ分はほとんどが消費に回されて、結果として乗数効果で経済が回復するという理屈です。

もちろん最低賃金を上げると、それに耐えきれずに脱落してしまう中小零細企業も一定数出ることになります。それでもマクロ経済的にはそれによって起きる失業は、新しい雇用で吸収されるはずです。

冒頭で申し上げた通り、最低賃金を引き上げるというのはほとんどの局面では政策として悪手です。しかしコロナ禍からの回復期であるこの夏から秋は実はその逆で、過去30年間にうまれた格差を一気に是正できる千載一遇の政策チャンスである可能性が非常に高い。

専門家としての直感に反して、やはり日本人の最低賃金は上げるべきというのが私の意見です。

鈴木 貴博 経済評論家、百年コンサルティング代表

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すずき たかひろ / Takahiro Suzuki

東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。著書に日本経済予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。

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