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ライフ #近代日本を創造したリアリスト 大久保利通の正体

大久保利通、初海外で「円形脱毛症」になった背景 岩倉使節団で欧米を視察し、どんどん寡黙に

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  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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苦悩の末、大久保は開き直る。アメリカ、イギリス、フランスは、あまりに日本とかけ離れすぎており、手本にはできない。その一方で、これから訪れる国に期待を寄せて、こんな言葉を書き連ねている。

「必ずわが国のあるべき姿を示してくれるであろう、この両国に注目したい」

大久保が日本の手本にしようと考えた2つの国。それが当時のヨーロッパでは後進となるドイツとロシアだった。

鉄血宰相ビスマルクのスピーチに衝撃

1873 (明治6)年3月9日、大久保らはプロシアに到着する。プロシアは2年前に独立を果たしたドイツ帝国の中心地だ。11日にドイツ皇帝ウィルヘルム一世に謁見すると、15日には宰相のビルマルクの祝宴に一向は招かれている。

ビスマルクといえば約10年前の1862年に、こんな演説をして世界を驚かせた。

「現下の大問題が決せられるのは演説や多数決によってではなく、鉄と血によってである」

そう言って軍備拡張を強行したビスマルクは、3度の戦争でリーダーシップを発揮。政治的に分裂していたドイツを統一させて、1871年にドイツ帝国をつくり上げた。ついた呼び名は「鉄血宰相」。いったい、いかなる人物なのか。さすがの大久保も緊張したことだろう。

そんななか、ビスマルクが祝宴でのスピーチや政治談議で述べた言葉は、大久保らにとって、衝撃的なものだった。

「世界各国は表向きこそ礼儀正しく交友しているが、それはまったく表面上のことにすぎない。内面では強きが弱きをくじき、大国は小国をあなどるのが実情である」

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