「マンピーのG★SPOT」芥川龍之介が出てくる痛快 「洋楽の肉体性への欲求」とデタラメ言葉の遊び心

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そう言えば、桑田佳祐の歌い方も、洋楽ボーカリストを真似つつも、単に英語的な発音を真似ただけではなく、極めて肉体的な歌い方に昇華されている。だからこそ、この日本において一般性を持ち得て、後の日本ロックのスタンダードになったのではないか。

以上のような背景の中で、「マンピーのG★SPOT」という言葉が生み落とされたと考えるのだが、どうだろうか。しかし、そんな背景があったからといって、「マンピー」「G SPOT」、その間の「★」に至るのは、桑田佳祐の才能と狂気だけがなせる業だろう。

だから僕にとって、『マンピーのG★SPOT』という曲を今もたまにライブで歌うっていうのは、けっこう大事なことなんです。あれは、自分が森繁久彌をやっている感覚なんですよ。「ほらほら、ちょっとセクハラしちゃうよ」みたいなね(笑)。(『文藝春秋』18年10月号)

と、桑田佳祐本人は、実に軽薄なのだが。

「芥川龍之介がスライを聴いて
〝お歌が上手〟とほざいたと言う」

と、「マンピーのG★SPOT」という言葉の背景を深読みしてみたが、「マンピーのG★SPOT」は「エロティック」という意味が読み取れる分、まだマシである。この曲の中での最強フレーズ、いや、下手したら、日本ロックの歌詞史上の最強フレーズは、この「芥川龍之介がスライを聴いて〝お歌が上手〟とほざいたと言う」ではないだろうか。

とにかく意味がまったく分からない。まず文豪・芥川龍之介と「スライ」を組み合わせている時点でシュールである。一応説明しておけば、「スライ」とは、60年代後半から70年代前半にかけて人気を得た、サンフランシスコ発の黒人・白人混成バンド――「スライ&ザ・ファミリーストーン」のことだ。

その上、芥川龍之介が「スライ」に「お歌が上手」と「ほざいた」というのだから、意味は完全に消失する。もうナンセンスとシュールの極みである。

しかしそれでも、ビートに乗せて「♪芥川龍之介がスライを聴いて〝お歌が上手〟とほざいたと言う」と歌ってみると、何というか、妙な高揚感を感じるのは何故なのだろう。意味は完全に消失しているのに、「絶対にこの言葉の並びでなければダメなんだ」という感じさえしてくるではないか。

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