性別は「いつどのように」決まるか知っていますか 生まれた後「環境に合わせ性」を変える魚の一生

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

ところが、作製したノックアウトマウスをよく観察すると、奇妙な現象が起きていた。

「通常、マウスはほぼ1対1の割合でオスとメスが生まれてきます。ですが、ノックアウトマウスから生まれた111匹のマウスのうち、87匹がメスの姿をしていました。8割近くがメスだったのです。これはおかしいと思い、マウスを解剖してみると、オスの姿をしているマウスの中に、オスとメスの両方の生殖器を持つマウスを発見しました」

何か妙なことが起きている。そう感じた立花氏は、ノックアウトマウスの染色体を調べた。染色体の組み合わせは、メスになるはずのXXが53匹、オスになるはずのXYが58匹。これだけ見るとほぼ1対1だ。だが、Y染色体を持っているマウスの中には、卵巣を持って完全にメス化した個体が34匹、卵巣と精巣を両方持つ個体が7匹いた。

立花氏は、慎重に実験を重ね、精子形成に重要だと考えられていたJmjd1A遺伝子が、性決定にも大きく関わっていることを証明した。

新発見とは、案外偶然から生まれているもの

ところで、精子形成の研究で先行した海外の研究グループも、同じノックアウトマウスを作製したはずだ。どうしてメスが多く生まれる現象に気づかなかったのだろうか。精子形成のメカニズムについての発見を発表できたことに安心して、見落としてしまったのだろうか。

素朴な疑問をぶつけると、立花氏は「私たちはたまたまというか、偶然に助けられました」とほほ笑んだ。

いのちの科学の最前線 生きていることの不思議に挑む (朝日新書)
『いのちの科学の最前線 生きていることの不思議に挑む』(朝日新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

実は、両グループの結果の違いを生んだのは、実験のために選んだマウスの種類だった。

「彼らが実験に使ったマウスは、私たちが使ったマウスの系統と比べて、Jmjd1Aをノックアウトした影響が現れにくい系統だったのです。

私たちが用いた系統では、Y染色体を持ちながらメスの姿になる割合は8割近くになりましたが、彼らが用いた系統では5%以下でした。

8割もメスが多ければ、異変に気づきますが、5%ではわかりません。オスとメスの比に特に変化がなければ、わざわざ性染色体を調べたりはしないでしょうからね」

新発見とは、案外偶然から生まれているものなのだ。もちろん、偶然のシグナルをキャッチするためには、日々の努力と観察眼が必要だろう。さらに、論理的に考えることが大切だ。実験を正しく積み重ねた結果が、これまで考えられてきたことと矛盾する。そんなときこそが、思い込みや常識の殻を破るチャンスなのだ。

立花 誠(たちばな・まこと)/1967年生まれ。1990年東京大学農学部卒。1995年、東京大学大学院農学生命科学研究科修了。博士(農学)。三菱化学生命科学研究所ポスドク、日本ロシュ株式会社研究所研究員、京都大学ウイルス研究所助手、同准教授、徳島大学疾患酵素学研究センター教授、同大学先端酵素学研究所教授を経て、2018年10月より大阪大学大学院生命機能研究科教授。
チーム・パスカル
ちーむ・ぱすかる

2011年に結成された、理系ライターのチーム。大学などの研究機関や幅広い分野にまたがるBtoBメーカーの理系の言葉を、専門的な知識を持たない人にもわかる言葉で届ける翻訳を得意とする。メンバーは、理系出身者と文系出身者の両方で構成され、ノンフィクションライター、ビジネスライター、テックライター、小説家、料理研究家、編集者、メディアリサーチャーなど、多様なバックグラウンドを持つ。サイエンスを限定的なテーマとして扱うのではなく、さまざまな分野と融合させる、多様なストーリーテリングを目指している。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事