意外に知らない「キリスト教」世界最大になった訳 広がっていった経緯は複雑で、かなり政治的

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西洋の優位には、ルネサンス以降の科学の発展によるところもあります。

この合理的思考の発達には、ある程度、聖書の「神」の概念がプラスに作用しました。と言いますのは、聖書の神は非常に排他的なところをもっており、地上のあらゆる神々や霊や魑魅魍魎の類を追い払ってしまうパワーをもっておりました。一般民衆はいつでも迷信的な世界に生きており、異教的な信仰も残存しましたが、理論的には、この世界はすべて絶対神の設計によって成り立っているはずです。

ですから、哲学者や科学者は、その神が自然界に仕組んだからくりの総体を統一的な理論をもって明らかにできるはずです。ニュートンなどが物理法則を探求した背景には、こうした宗教的な情熱がありました。

この点、インドや中国や日本などの多神教徒は、たとえ科学的な思弁や調査に手を染めたときでも、理論的には今一つ中途半端にしか進めなかったように見えます。世界中には無数の神秘的な力が働いているという呪術的世界観がずるずると存続したのです。また、西洋と同じく一神教を奉戴していても、イスラム世界では神の絶対性が科学法則を凌駕すると思われたためか、西洋ほどには科学を発展させることができませんでした。

科学の発展は単純に一神教の神概念のおかげではない

というわけで、科学史においてキリスト教的西洋が圧倒的な成果を上げたわけですが、ただし、ここでもう1つ考慮に入れておかなければならないことがあります。

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西洋人が科学を大々的に推し進めることになった近代というのは、もはやキリスト教会が絶対的権威をもっていた中世ではありません。近代ではルネサンス以降称揚されるようになった古代ギリシャ・ローマ時代の文化的遺産がものを言っています。

古代ギリシャの多神教徒は競争するのが大好きでしたが、そうした競争の中には議論で相手を打ち負かすというのも含まれていました。

彼らは哲学と科学を発達させ、すでに紀元前の段階で地球が丸いということを理論的に推理し、天文学と幾何学を応用して地球の大きさまで計測しています。

このことを考えると、科学の発展を単純に一神教の神概念のおかげと呼ぶわけにはいかないということになります。知性の歴史はもっと複雑なんですね。

中村 圭志 宗教学者

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なかむら・けいし / Keishi Nakamura

1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。著書に『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』『宗教図像学入門』(ともに中公新書)、『教養として学んでおきたい5大宗教』、『教養として学んでおきたいギリシャ神話』(ともにマイナビ新書)、『24 の「神話」からよむ宗教』(日経ビジネス人文庫)、『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』(角川書店)、『聖書、コーラン、仏典』『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

 

 

 

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