「愚直さ」こそが真実を見極められる本当の理由 報道や発表に振り回されない「愚者」になれ

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スイスのジャック・ボーという人物が最近書いた、『フェイクニュースに支配される世界』という本があるが、このナイジェリアの話がそこに出てくる。彼はスイス人の元大佐で情報に関する専門家だが、「われわれの理解は部分的であり、偏見に満ちている」と述べている。

何事もバランスが重要だ。私たち研究者の役割はそこにある。その意味では責任は重い。またそれを言う勇気が必要だ。しかし、これを欠けば、また戦前と同じように大政翼賛社会となり、最終的にはわが国民に悲劇が訪れるのだ。時流や風潮にのらずに、「愚直足るべし」なのだ。

詩人の佐藤春夫(1892~1964年)が「大逆事件に関係した」として処刑された彼の故郷の医師・大石誠之助(1867~1911年)について書いた詩を上げておく。「愚者の死」というタイトルだ。

大石誠之助は殺されたり。千九百十一年一月二十三日、げに厳粛なる多数者の規約を裏切る者は殺さるべきかな。死を賭して遊戯を思ひ、民俗の歴史を知らず、日本人ならざる者愚なる者は殺されたり。「偽より出でし真実なり」と絞首台上の一語その愚を極む。われの郷里は紀州新宮。渠の郷里もわれの町。聞く、渠の郷里にして、わが郷里なる紀州新宮の町は恐懼せりと。うべさかしかる商人(あきうど)の町は歎かん、——町民は慎めよ。

 

この詩は、当然逆説として読まねばならない。日本に残る、権力に逆らえないという歴史を無視して、軽率にも権力に背いた大石は愚者である。しかし、愚かだがこの日本人ならざる愚か者こそ、実は日本の救援者でもあるということだ。まさに愚かたるべし。愚かなもののいない世界、それは実は闇といえるのだ。

「バカの壁」と「愚者たること」

平成最大のベストセラーといわれる養老孟司氏の『バカの壁』という書物がある。バカとの壁とは、偏見に満ちた壁という意味だ。人は一度刷り込まれた偏見からなかなか脱出することができない。脳が閉じてしまうのだ。それをどう壊すか。それが本書のもつ意味だ。

最近の報道を見ていると、われわれもいつのまにかバカの壁をつくっているように見えてならない。重度の痴呆状態にあるといっていい。報道があたかも統制されているような状態だ。自粛といえば聞こえがいいが、「義を見てせざるは、勇無きなり」で、自粛の罪も重い。

確かに自分にとって都合の悪いことを認めるのは、だれしもいやなことだ。だから、見ないでおきたい。できたら、なかったことにしたい。しかし、これを続ければ、うそが誠になり、誠がうそになっていく。こうして、どんどん脳が遮蔽されていくのだ。このバカの壁を崩すにはどうすればいいか。

それには、愚者になることだ。愚直という言葉がある。何事も、自分の目でしっかりとみて右顧左眄(うこさべん)しないということだ。しかし、メディアが真実を伝える勇気がなければ、それは容易ではない。メディアとは、情報を伝達する媒介のことである。さしあたり現代では、それは教育、放送、新聞などである。

フランスのルイ・アルチュセールという哲学者は、こうしたメディアをかつて「国家イデオロギー装置」と呼んだ。読んで字のごとく、国家に都合のいいことを垂れ流す装置という意味である。国家に都合のいいことは、国民にとって都合のいいことであるとは限らない。真理とはえてして、国民に都合のいいことではなく、国家(その権力者)に都合のいいことである場合が多い。だから、国民はつねにここから逸脱し、自らの目で確かめねばならない。「百聞は一見にしかず」という言葉は、まさにそれだ。

とにかく、われわれは「愚者たるべし」なのである。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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