重度障害児者は指先だけ、視線だけしか使えないこともある。だが、そのわずかな動きを利用しながらスイッチなどを使ってICT機器を操作することで、あいさつを交わす、車いすを動かす、冒頭のような運動会に参加するなど、自分から周囲に働きかけることができる。
引地さんは病院勤務時代、そんなことを試すたびに、それまで見ることができなかった表情や笑顔、反応を目の当たりにして衝撃を受けた。
そこで、引地さんは2021年、できわかクリエイターズの活動に専念するために、同センターを辞めた。現在は、主にICT機器を用いたコミュニケーション方法に関する研修会を開催したり、希望者の家を訪問してICT機器の使い方などを指導したりしている。
近年、注目されている「視線入力」
近年は、重度障害児者のICT機器を用いたコミュニケーション手段の1つとして、とくに視線入力が注目されている。現在よく使われている視線入力装置は、目に赤外線を照射し、その反射を検出して画面を動かす。
前述の悠翼さんも、3年前から視線入力のソフトウェアでゲームを楽しんでいる。例えば、「風船割りゲーム」は画面上に動く色とりどりの風船に視線を当てると、パンッと音を立てて割れる。
悠翼さんはおとなしい性格で、笑うことも泣くこともほとんどなかった。だが、風船割りをするときは、うっすら笑みを浮かべる。ゲームを始めた初日から遊べるようになり、親子で割れた風船の数を競い合った。
このゲームを通して、悠翼さんの目が見えていることもわかった。先天性の白内障と診断され、5歳のとき手術を受けた。だが、視力検査でうまく答えられず、医師も家族もどのくらい見えるか、確認できなかった。
このほかにも変化があった。別のゲームソフトウェアによって、父親と母親の顔の違いが認識できた。さらに、名前を呼びかけたとき、振り向く反応が速くなり、周囲からは「悠翼くんの顔つきが変わった」とまで言われた。
「視線入力を始める前は、いつも表情に乏しく、ポワンとしていていて、周囲から『眠いの』『具合悪いの』とよく聞かれていました。視線入力のゲームから受ける刺激が多いため、気持ちや身体に変化が出てきたようです」と優子さんは話す。
悠翼さんが視線入力を始めるきっかけとなったのは、島根大学総合理工学部(機械・電気電子工学科)研究科の伊藤史人(ふみひと)助教(46歳) が講義する講習会に参加したことだった。
伊藤さんは、主に難病や重度障害がある人でも使えるユニバーサルなソフトウェアの研究をしている。
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