徒競走では手のひらでスイッチを1回たたくと、アバターが1歩進む。スターターの「よーい、スタート!」の掛け声とともに、悠翼さんがスイッチをたたき始めた。ときおり周囲を見たり、声を聞いたりするために首を動かす悠翼さん。母親の優子さん(50歳)の、いつもとは違う「ゆうすけ、頑張れー」の熱い声援がかかると、そのたびに勢いよくスイッチをたたく。間もなく、アバターがゴールした。
悠翼さんは1歳のとき「精神運動発達遅滞(知的能力と運動能力の発達が遅れている状態)」と診断された。生活全般で介助を必要とする。今年4月、養護学校の中学部へ進学したが、地元の中学校の授業にも出席するため、2つの学校の入学式に参加した。バギータイプの車いすで移動する。
優子さんは運動会に参加した感想を、こう話す。
「これまで悠翼が何かをするときは、いつも親や教員が介添えしていました。でも、オンライン運動会では悠翼が1人でアバターを動かします。そのことに本人がいつもと違う表情やそぶりを見せるため、親もそばで感動して応援に力が入ります」
「できない」「わからない」と決めつけない
オンライン運動会を主催した一般社団法人できわかクリエイターズ(大阪府)は、「重度障害児(者)が教育と社会への参加の機会を失うことのないよう、ICT機器を用いて個々の可能性を最大限に引き出す活動」をしている。重度障害児者は「できない」「わからない」と決めつけられることが多いからだ。
作業療法士(⋆1)の引地晶久さん(37歳)と、医療的ケア児を育てる藤井智代さん(35歳)が取り組む。医療的ケア児とは、人工呼吸器や痰(たん)の吸引、栄養を摂取するための胃ろうなど、日常的に医療的なケアが必要な重度障害のある子どものことをいう。
引地さんは、2008年から13年間、西部島根医療福祉センター(島根県)に勤務していた。同センターには入所施設が併設され、約100人の重度障害児者が暮らす。引地さんはその人たちが呼吸をしやすいように、手足の関節が硬くならないように、日々、リハビリテーションをしていた。
「重度障害のある人は、ほとんど毎日、天井を見ている生活でした。命を守るための呼吸や関節のリハビリテーションはもちろん必要ですが、一方、もっと楽しく生きていくために、個々の力を引き出せるようなこともしたいと思っていました」と引地さんは振り返る。
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