創業300年・中川政七商店が「違う土俵」へ行けた訳 山口周さん×中川淳さん対談(1回目)

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中川:まずは、僕が何を言っているのかを理解してもらうところから始めました。そのためにやったことの1つは、やって見せること。

それで最初に手がけたのが、長崎県の陶磁器メーカーであるマルヒロさんの経営再生コンサルティングでした。当時は秘書もいなかったので、完全に僕1人で毎月1回は長崎に足を運び、1年ぐらいかけて、新しいブランドの「HASAMI」を立ち上げました。

そしてうちの展示会に、ちょこっと間借りして商品を出したら、よく売れたんです。

でも、それだけでは何が起きたのか社員にはよくわかりません。だからその1年後ぐらいに、マルヒロの数字が少しよくなったタイミングで、一緒にブランドづくりをした馬場匡平さん(当時の社長の息子さん、現・マルヒロ社長)を奈良に呼んで、社員総会の場でそれまでの経緯をしゃべってもらったんです。それを聞いて、やっと「なるほど、これが日本の工芸を元気にするということなんだね」と、みんな少しわかってきました。最初にポカンとされてから、2〜3年かかりました。

山口:引っ込めずに、ビジョンを言い続けたわけですね。

中川:そうです。ただ、やっと意味はわかってもらえたとはいえ、社員がそれを自分のビジョンとして受け入れたわけではありません。

山口:なるほど。理解してもらうことと、それを浸透させることは別ということか。

中川:はい。だから、事あるごとに「そうじゃないんだよ」という話をしました。たしかにHASAMIのブランドづくりには僕だけが関わっていたけれど、日々そのマグカップを売っているのは、中川政七商店で働いているあなたたちですよね、と。あなたたちの店頭での活動が「日本の工芸を元気にする!」というビジョンにつながっているんだと。しつこく延々と言い続けました。

違う土俵へのゲームチェンジ

山口:そのビジョンを掲げた時点で、当然、放っておくと日本の工芸が衰退していくという問題意識があったわけですよね。

中川:経済産業省が発表する工芸品の出荷額が明らかに落ちていますからね。このままだと、うちのものづくりができなくなるという危機感が募りました。

山口:でも、自分の会社がものづくりできなくなることと、日本の工芸が滅びることは、問題意識のスケールとしては階層がまったく違いますよね。「日本の工芸を何とかしなければ」というところまでポンとジャンプしたのは、なにかきっかけがあったんですか?

中川:うちは、工芸をベースにした衣料品やうつわ、調理器具などの生活雑貨全般をつくっている会社ですが、たとえば看板商品の「花ふきん」もオリジナル商品ですが、かや織の生地をミシンで縫う工程で言えば、技術的には難しいものではありません。だから、競合他社に負けないようにするにはブランディングが重要だと最初は思ったんです。

すでに「遊 中川」というブランド名はありましたが、当時は競合ブランドもいっぱいあったので、お客さんから見たら「和風のかわいい雑貨」の1つにすぎません。そこから抜け出すためのブランディングが必要だと考えたんです。

でも、ブランディング戦略自体はそれなりに芽が出始めたものの、競合との競争のなかで頭半分ぐらい抜け出ただけで、経営面の根本的な解決にはならないと感じるようになりました。短期的にはお客さんの支持を得られても、来年、再来年はどうなるかわからない。いくらブランディングで勝負しても、根本的には競合相手と同じ土俵で戦っているわけです。それはちょっとまずいんじゃないかと思いました。

そこから一足飛びに「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げたのは、経営の観点から言うと、違う土俵へのゲームチェンジみたいなものです。その土俵なら、中長期的にも戦えるようになるんじゃないかと思ったんですね。

もちろん、日本の工芸全体をレベルアップするとなると、自社のことだけ考えてはいられません。ほかのメーカーの経営再生コンサルティングもやらなければいけないので、中小企業のコンサルティングを多く手がけている会社なども研究しましたよ。ゲームチェンジした先には、もともとその土俵でビジネスをしてる人たちがいるわけですから。

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