日本が「1人あたり」価値を上げる為に不可欠な事 国も企業も国民も長期的問題を考えねばならない

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これまで日本では、雇用の確保が最優先の課題と考えられてきた。新しい条件に適応して産業構造を変えるのではなく、従来の産業構造のままで、同じ企業で同じ仕事を続けられることが、労働者のための政策だと考えられてきた。

それを典型的に表すのが、雇用調整助成金だ。これは、休業者に対して企業が賃金を支払った場合に、それを雇用保険の基金を用いて補填する制度である。

リーマンショックで製造業が危機に陥ったときにこの制度が用いられ、鉄鋼業などの製造業を中心として、多数の休業者に支給が行われた。その結果、失業率の上昇を抑えることができた。しかし、古い産業が淘汰されずに残ってしまった。

今回のコロナ禍でも、休業者に対して雇用調整助成金が給付された。しかも、特例措置が導入され、支給額が上乗せされた。

当初は数カ月間の臨時措置として導入されたのだが、いまに至るまで継続している。

本来であれば、職業訓練プログラムを実施して他企業、他産業への移動を促進しなければならないだろう。そうした政策は行われてはいるが、決して十分なものとは言えない。

こうした制度を残せば、産業構造の転換は実現できない。

このような政策を今後も続けるべきか否かについては、基本的な検討が必要だ。

世界経済が大きく変化するときに従来の政策を続けていれば、取り残されてしまう。いま日本が置かれた状況は、まさにそのようなものだ。

冒頭で述べた貿易収支の赤字問題は、これまでの政策が限界にきたことを示している。これが、いま日本に問われている基本的な問題だ。

この点に関して基本的な方向付けを変更するのは、容易なことではない。

ただし、そうした変化を行わない限り、日本社会に未来は開けないことも認識しなければならない。

大学を補助するのでなく、学生を補助する

新しい経済活動は、高度の技術者を必要とする。だから、大学や大学院レベルの教育・研究機関の充実が不可欠だ。

ところが、日本の工学部は、ハードウェアを中心としたものになっており、情報関係が弱い。コンピューターサイエンスやデータサイエンスの比率を高めることが必要だ。

産業の場合と同じように、必要なのは、大学に対して経常的な補助を与えることではない。そうすれば、大学は補助に安住し、時代の変化に対応しなくなってしまう。

補助は大学に対して出すのでなく、奨学金の形で学生に出すべきだ。そうすれば、大学は、社会的需要が強い分野を充実しようとするだろう。

大学の内容を社会の変化に応じて変えるためには、現在の仕組みを根本から見直す必要がある。

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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