「愛国心やナショナリズムは危険だ」という大誤解 ウクライナ問題で露呈、「大人の道徳」なき日本

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大場:例えば半島統治時代、ハングルなど文字の体系化に朝鮮総督府が果たした役割は大きいですね。また、先の大戦も〝表看板〟はすべての民族が西欧化されるのを防いで、固有の文化に立脚して独立することを目的にしました。世界を見ても、古くはフランスのナポレオンが、すべての民族がそれぞれの国で市民革命を起こして独立し自由になる、としてナショナリズムを〝輸出〟し、ベトナム戦争も英米型の資本主義で分断され、均質化された民族の伝統・文化を社会主義によって取り戻すためのものだった、と言えます。帝国主義とナショナリズムに相互補完的な要素がある点が、理解を複雑にしているでしょう。

古川:多様な文化・伝統を大事にするといっても、それだけなら果てしない分裂しかもたらしません。これがいわゆる多文化主義が陥った状況です。だから今日の多文化主義者たちは、むしろ国民の共通文化の創出や共通言語の教育を重視するナショナリズムの方向にシフトしてきています。それをも同化主義だというなら否定はしませんが、それなくして国家は成り立ちません。

ある程度の同化主義的な側面ももちつつ、同時に多様な文化的アイデンティティを保障する、という両面で考えていくしかないと思います。そうすると、「多様な民族的・文化的な集団が、同じ一つの国を作っている」という意識を、ある程度、人為的に創り出していく必要があります。そのときに、「歴史」をどう語るか、つまり大場先生がおっしゃった「歴史意識」という問題が、決定的に重要になると思います。

「アイヌは存在しない」という「逆張り保守」

古川:ところで、大場先生は札幌のご出身で、私も大学の教員として旭川に7年ぐらい住んでいます。北海道に縁がある2人としては、歴史意識を論じるうえで、アイヌの問題は避けられないですね。最近、一部の「保守」と称する人たちが「アイヌは存在しない」などと主張しているそうで、困ったものだと思っているのですが、大場先生はどのようにみておられますか。

大場:北海道の地名一つとってもアイヌ抜きに考えることは無理ですからね。確かに松前藩などにいた「内地人」と狩猟民族であるアイヌは生活文化や価値観が大きく違ったでしょう。しかし、幕末の探検家、松浦武四郎の著書『アイヌ人物誌』では、日露雑居の樺太にいるある民族が「私たちは皇国の民だから、日本に帰属したい」などと訴えたエピソードを記すなど、同じ日本人であるという理解をしながら生きようとした姿も描かれている。もちろん、場所請負制のもと奴隷のように扱われたケースもある。良い話、悪い話両面あって、「北海道」は形作られてきた。それが日本と北海道を語るうえで欠かせない歴史意識でしょうね。

古川:プーチンはすでに2018年に「アイヌ民族をロシアの先住民族に認定する」という意向を表明していますから、今回のウクライナ侵攻と同じ論理で、「アイヌ民族保護」を名目に北海道に侵攻する可能性も否定できないでしょう。にもかかわらず、日本がアイヌを排除していたら、ますますその名目に正当性を与えることになってしまいます。そういう観点からも、まずいと思いますね。

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