50代まで万年課長だった男が華麗に転身できた訳 ふとした契機に自分の可能性を信じて踏み出した

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自分の不甲斐なさは、誰かの役に立つことで喜びに変わる。自分の存在意義、居場所に悩む50歳だからこそ、後輩たちの役に立つことをすれば、皆から頼られる存在になる。半径3メートルの人が幸せになる行為をすれば、「人生の先輩」として評価されるのだ。

このプロセスは「自己受容self-acceptance」と呼ばれ、ありのままの自分と向き合い、共存しようとする態度、姿勢、過程を意味する。平たく言い換えると、「私はこういう人間なのだから、とりあえず折り合いをつけて付き合っていこう』と上手にあきらめることだ。

私の個人的な感覚では、 40代以上で自己受容ができている人は、厳しい状況をなんとかかんとか乗り切って、危機を成長につなげている人たちだった。

ある人は「左遷が独立を決断するチャンスになった」と話し、またある人は「病気をしたことで家族の絆が深まった」と顔をほころばせた。 彼らは共通して、自分を取り囲む半径3メートル世界の人たちと積極的に関わり、いい関係を築いていた。資格を取るために毎週専門学校に通ったり、町内会や週末のボランティアなど、年齢も仕事もバラバラの人たちと主体的につながる努力をし、楽しんでいた。

自己認識を持てずに“新天地”を求めても

逆に、50歳を過ぎた“いい大人”が、ありのままの自己認識を持てずに“新天地“を求めても、過去の栄光にすがるのがオチ。居場所を得ることもできず、孤立し、新しい環境に適応できない。

「〇〇会社の●(=課長、部長、役員)だった私」を振りかざしたり、つい見栄を張って、話に尾ひれをつけ、相手に「すごい」と思わせたくなったりする。自分を大きく見せようとすればするほど周囲から煙たがられ、気に入られようと すればするほど嫌われるのに、「できる人であらねばならない」という気負いがそうさせるのだ。

『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

もし、あなたが「人生の迷い子になっている」なら、ただの「人」として半径3メートルの人たちと関わる勇気を持ってほしい。雨に濡れている人がいたら傘を差し出してほしい。

1つひとつの行為は、さりげない、小さなものかもしれない。しかし、日々の一つひとつの具体的な行動にこそ価値がある。「たまたま」でいいから、愛をケチらないでほしい。

人を幸せにすれば人から評価され、社会を幸せにすれば社会から評価される。自己受容は誰かに尽くし、喜ばれることで促進され、才能や能力はそうやって引き出されていく。自分で限界さえつくらなければ、無限大に可能性は広がっていく。“元万年課長”のように。

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