そのときの衝撃ったらもう、母の腹から出て来て肺呼吸を始めたとき以来のショックである。さらにそこから月額約2万円の医療費を払っていたのだから、貧困は加速する一方。濃いエスプレッソは胃をキリキリと刺激する。
あれは、ちょっとした恐怖だった。ストレス解消と食費の節約を兼ねて、夜な夜なパンをこね、冷凍庫にたくさん保管して食いつないだ。原価率の低い粉もんの存在には本当に助けられた。が、あと何カ月かこれが続いたら、いよいよヤバいかもしれない。実家に戻ったところで仕事はあるだろうか?
そして、このまま未来が固定されて、私は一生、貧困女子だろうか?
それだけはイヤだったので、死ぬ気で転職活動をした。やっとの思いで次が決まり、初めてのお給料が振り込まれたときは、ひとりで祝杯を挙げた。よかった……生き延びれた、この東京砂漠で!
エリート一直線人生の同級生が、「転職したい、でも家賃補助もなくなるし、妻が反対するかもしれないし、でもやりたいし、うまくいかなかったら怖いし、でも、でも、でも……」なんて何カ月も悩んでいるのを見ると、思わず、「何じゃそりゃ、ズコーン」とひっくり返りそうだった。
確かに、生活水準が下がるのを恐れる気持ちはわかる。が、なんと高次元な悩み……。そこに転職したって、私の当時の給料よりずっといいし(っていうか今の私の給料よりいいくらいだ!)、退職金(当然ながら私はもらったことがない)が出るから当面の生活費には困らないだろうし、奥さんだってフルタイムで働いているので、すぐに生活が破綻することもない。
「ここは日本だから、失敗しても餓死はしないし、もし失敗しても、もう1度就職活動したら、あなたの経験ならすぐに決まると思う」「っていうか、月10万円もあれば生活していけるよ」と、そこそこ極端な意見で何度か背中を押した。
数カ月後、彼はずいぶん悩んだ末、転職した。今まで失敗したことなかったのかな……ちょっとうらやましかった。でも、手放すのが惜しいほどのものを会社から与えられてたってことだ。恵まれてるな……と少々ねたましくも思った。
一方で、私が最初から全部整った環境にいたらどうだっただろうか、と思う。今頃、MBAを取得するなんていう気持ちには絶対にならなかっただろう。結果オーライだから今では笑って話せるが、あのときに食べていたパンの味は、一生、忘れちゃ駄目だな、と思っている。2度と経験したくないけど。
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