奄美過疎地に住む仏男性が日本人に伝えたい危機 きれいな海と住民の暮らしをめぐる複雑な事情

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フランス語、英語、日本語の3カ国語を操るジョンさんはエリートIT技術者として、大都会で多くの時間を過ごしてきた。だが、都会では幼少期に見た海の感動を超えた経験はない、と回顧する。

「コンクリートジャングルではなく、豊かな自然に囲まれて生活したい」

そんな考えがどうしても消えなかった。強い思いを加速させたのが、ユネスコの世界自然遺産にも登録される奄美大島を偶然グーグルアースで見つけたことだ。緑が多く、人工物がない。世界中で秘境を探し求めていたジョンさんにとって、その発見は衝撃的なものだった。

エンジニアとして東京やフランスのIT企業などでキャリアを重ねていたが、なんの躊躇もなく退職した。2010年にフランスから日本に移住してからは、熊本県に住み、その後各地を転々としながら、現在の拠点となる鹿児島県・奄美大島の嘉徳(かとく)の限界集落で暮らしている。

集落の戸数は15程度。移住者すらいない地で、フランス人がいるというだけでも特異だ。そんな地でジョンさんは自然保護団体「奄美の森と川と海岸を守る会」の代表を務めている。

同会が立ち上がったのは、鹿児島県瀬戸内町の嘉徳海岸の侵食対策事業として、2015年に護岸工事が計画されたことを発端としている。ジョンさんを含む有志10数人は、この島にしかいないウミガメ、33種にも及ぶ絶滅危惧種のエビやウサギ、カエルなど希少生物の生態が崩れる、として工事への反対を表明している。

すでに数年間に及び、県と話し合いを重ねており、その様子はニューヨーク・タイムズを含む海外主要メディアでも複数報道されている。

嘉徳海岸の護岸工事に反対する自然保護団体「奄美の森と川と海岸を守る会」(写真提供:奄美の森と川と海岸を守る会)

住民の中でも意見は分かれる

台風が多い地域だけに護岸工事が必要だという声もあれば、まったく必要ないという声もあり、住民の中でも意見は分かれる。それでもジョンさんが声を上げるのは、嘉徳に限らず、日本中でまるで流れ作業のように進む海岸工事の現状を憂いていることも理由の1つだ。

「日本の自治体は工事のための工事になっており、予算を持ち越せない関係で本当に工事が必要かという十分な検証がされていない場所もたくさんあります。海外の観光客の方がこの地を訪れても、『これだけ人の手が入ってないビーチは世界中にもほとんどない』と感動される方ばかり。この場所に魅了された1人として、何としても守りたいんです」

美しいビーチに消波ブロックやコンクリート詰めの人工物は本当に必要なのか――。こういった類の議論は、自然保護や景観への意識が強い欧米諸国のほうが先進的だ。

筆者もビーチ好きが高じ、40カ国以上で100を超える海を訪れてきた。だが、年々保養地として過度な観光地化が進み、資本が投入され、悪い意味での“均一化”が進んでいるようにも感じる。それでも人工物は極力排除しようという意図が感じられる国も多かった。ジョンさんは、日本の海は世界に誇るすばらしいポテンシャルがある、という信念を持つ。

「バカンスでよく利用されるフランス南部やポルトガルでも日本のように透明度の高い海はない。透明度が高い地中海周辺では波が高く、海には喧騒がある。日本のビーチでは透明度が保たれながら、砂もきれいで静かな場所がある。例えば嘉徳ではサーフィンをするにも海底が砂浜のため、サンゴでクラッシュすることがない。総じていえるのは独自性があり総合力も高く、実は欧米の旅行者の満足度が高いということです」

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