福島で進む「被災者のリタイア」に見た根深い危機 原発事故と向き合ってきた現場に世代交代の波

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50年も福島の海で続けた漁師がひとり陸に上がった。船も処分した。そうなると、知りたくなるのは地元漁業の今後だ。

「若くてやっている人はいるよ。だけど、みんな跡取りでやってっぺよ。親のあとを継いだ船でやってる。新しい人が入ってこなけりゃダメだ」

当然ながら漁師の数は減っていくことになる。新規参入者を期待したところで、来年に待ち受ける「騒ぎ」が障壁となる。持続可能性のある産業とはいいがたい。

「俺たちの孫の世代までこのまんま」

福島第一原発でもベテランの作業員が去っていくことで、人手と技術の確保が懸念される。

「最近は駅前のカプセルホテルを買い取って、集団で作業員を寝泊まりさせる元請けもある」

リタイアした元作業員が言った。彼が知る限りでは、青森県からの集団の“出稼ぎ”に遭遇したという。

「あっちはいい仕事もないのか、30人の集団で来ている。それも50代の人たちが多い。昭和40年代であるまし、出稼ぎみたいなんだ」

彼もその当時、福島から東京への出稼ぎを体験した最後の世代だ。

「原子力明るい未来のエネルギー」と叫ばれていた時代もいまは昔。大学を卒業して技術者として福島第一原発にやってきても、廃炉という原発事故の後始末にその能力を傾注しなければならない時代。しかも、廃炉はいつになるのか、その見通しすら立っていない。

「俺たちの孫の世代までこのまんま。もう、戻ってはこねぇべぇ……」

震災前を知り、震災を体験し、そして震災後の苦境に立ち向かってきた熟練の世代が、一線を退いていく。福島第一原発の事故は明らかに次世代、そのまた次の世代へ負の遺産として引き継がれていくことになる。そして震災前と同じ景色を再びみることなく去っていく世代。そんな彼らが会話の中でつぶやいたこんな言葉が、いまの時代を象徴していた。

「あれから10年が過ぎてまさかロシアが戦争を起こすとは思わなかった。それで逃げているウクライナの人たちをみると、思い出すんだ。原発事故というよりも、襲ってくる津波から逃げまわっていた自分たちの姿をよ。本当にあの人たちもかわいそうだよ」

どうにもならない巨大な力に傷ついた人たちが重ね合わせることのできる、11年後の言葉だった。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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