小説「ペスト」、感染症で人が狂う姿が今と似る訳 人々を汚染させるのは人々が発する「言葉」だ

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斎藤:司馬遼太郎史観は、明治維新から日露戦争までが上り坂、その後から下り坂になって太平洋戦争で自滅したっていう話ですよね。半藤一利さんの『昭和史』(2004/平凡社ライブラリー)も40年周期説で、近代のスタートから40年ごとに盛衰を繰り返しているというしね、柄谷行人さんはたしか歴史は60年周期で動くと言っていた。

高橋:サイードは、人間がほんとうに理解できるのは、自分の身体性から考えられることだけだと、言っています。例えば、人間の作るものに「はじまり」があって「終わり」があるのは、人間が生まれて死ぬからだと。もしかしたら偶然なのかもしれませんが、歴史に周期性があるのも、というか、そこに周期性を見いだしてしまうのも、自分の身体性から考えてしまうからなのかもしれない。それにしても、だいたい75年前後で大きな周期が終わるように見えるんですよね。

文学史的にはコロナ禍はすでに見慣れた風景

斎藤:一生と同じぐらいの時間ということね。

高橋:はい。2020年はちょうど終戦から75年です。そういうわけでここのところ、頭が半分明治から戦後のことしか考えてないので不思議と既視感が強いんです。コロナ禍で起こっていることにあんまり驚かないのは文学史的ワクチンを打っているからかも(笑)。

斎藤:ワクチン済みの人にとって、コロナ禍はすでに見慣れた風景なわけだ。

高橋:これまで斎藤さんと雑誌「SIGHT」で「ブック・オブ・ザ・イヤー」の対談をしてきて、毎回、まだ下り坂ですねって話をしてきたじゃないですか。

斎藤:そうですね、しましたね。

高橋:2020年のパンデミックは、最後のとどめのように出てきたっていう感じがします。今のところ100年前に世界的に流行したスペイン風邪よりひどくないんだけど、危機感はあるんだよね。

斎藤:有事の感じ。感染症が突然、意識化されたんですよね。

高橋:そこがおもしろいところだよね。その初期段階にカミュの『ペスト』が読まれました。

斎藤:急に売れだしたので、4月頃は書店の店頭にもなかったし、ネットでも品切れで手に入らなかった。累計で125万部ぐらいなんでしょう? すごい感染力。

以前読んだときは、ペストはある種の不条理な状況、ファシズムとか戦争とかのメタファーだと思ってた。哲学的な小説という印象だったんだけど、今読むと象徴でも暗喩でもなく完全にリアリズム。ど真ん中の話なんで驚きました。お医者さんが主人公ですしね。

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