人間の戦争は動物を愛する人間に動物を殺させた あの時ヒョウは何も警戒せずキョトンとしていた

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上野動物園の取り組みは、全国各地の動物園でも広がっていった。

上野動物園から半月ほど遅れて、大阪の天王寺動物園でも処分が始まり、たくさんの動物たちが次々に殺されていった。

最後に残ったのは、ヒョウ1頭とホッキョクグマ1頭だった。

大阪天王寺動物園のヒョウは、人工哺育(ほいく)で育てられ、飼育員がおりに入っても一緒に遊ぶことができるほどなついていたという。

「いつものようになでてやると、喜んでいました」

後に子ども向けに書かれた新聞記事には、ヒョウの飼育員の話が残されている。 「なかなかりこうなやつでした。毒入りの肉を3回食べさせたのですが、すぐ吐き出してしまいました。しかたなく、絞め殺すことになったんです。

私がロープを持ってオリに入りました。いつものように体をなでてやると、喜んでいました。私は心を鬼にしてロープを首にかけたんです」

別の記事によると、飼育員が首にロープをかけるときも、ヒョウはなついたようすでキョトンとしていたという。

飼育員の方は語る。

「オリの外でロープのはしを持っている人に合図すると、私はオリから飛び出しました。むごいことです。私は見たくなかったんです」

『文庫 生き物の死にざま はかない命の物語』(草思社文庫)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

苦しかったのだろうか。悔しかったのだろうか。飼育員の方がおりに戻ると、ヒョウはすべての爪を立てて息絶えていたという。

そして、このヒョウは剝製として残された。

このヒョウの目は、いったい何を見つめているのだろう。

物資の不足している中で剝製を作り上げた人は、後世にいったい何を残したかったのだろう。

猛獣は、生き物を殺して食べるが、戦争はしない。

動物園の動物たちは愛されていた。そして、動物を愛していた人が、動物を殺した。

それが戦争なのである。

前回:「最強」毒グモの母が迎える最期はどこまでも尊い(2月20日配信)

稲垣 栄洋 静岡大学農学部教授

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いながき ひでひろ / Hidehiro Inagaki

1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院修了。専門は雑草生態学。農学博士。自称、みちくさ研究家。農林水産省、静岡県農林技術研究所などを経て、現在、静岡大学大学院教授。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『都会の雑草、発見と楽しみ方』 (朝日新書)、『雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方』(亜紀書房)など著書50冊以上。

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