「獺祭」「黒霧島」ヒットの陰に"離れる戦略" 逆境から躍進した旭酒造、霧島酒造の秘密

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旭酒造の桜井博志社長が家業を継いだ1984年当時は、生産量がピークの3分の1の700石(1石=180リットル)まで低下、さらに地ビール事業での失敗によって多額の借金を抱えてしまいます。

霧島酒造の現社長、江夏順行さんが就任した1996年は、業界は増税などで打撃を受け、ライバル企業が地元にも進出し、新たな飛躍を模索する状態でした。

そのような2社ですが、現在では旭酒造は日本酒の生産量が年間5万石、霧島酒造は焼酎メーカーの売り上げランキング(帝国データバンク)で2004年の業界6位から、2012年に売上高500億円を達成し、三和酒類を超えてトップに躍り出ています。

極めて厳しい経営環境から、2社はどのようにして飛躍のきっかけをつかんだのでしょうか。そこには通常とは真逆の「離れる戦略」の存在を垣間見ることができるのです。

古い顧客は、あなたに過去の姿でいてほしいと願う恋人

読者の皆さんに考えていただきたい点があります。

販売量が数十倍に増えること、売上高が10倍以上に増えることが、消費としてどんな状態を意味するかです。販売量が過去10年で20倍に増えた製品があるとして、週1回、お酒を楽しむこれまでのお客様を、1週間で20回、お酒を楽しむ消費者に変身させることができるでしょうか。

イメージすればすぐにわかりますが、これは「物理的に不可能」です。毎週金曜日の夜の晩酌を楽しみにしていた人が、20倍を飲むためには週7日、朝昼晩の3食すべてでお酒を飲まなければ、20倍の消費を達成できません。

このたとえで何をお伝えしたいかと言えば、売り上げを劇的に伸ばすためには、既存の古い顧客の枠組みを超える必要があることです。既存のお客様に20倍の消費をしてもらうのが不可能なら、これまで目の前にいなかった消費者を「外から20倍、吸引しなければならない」のです。見たことも出会ったこともない人たちが、あなたの顧客になるイメージです。

ところが、ここで深刻な葛藤が生じます。これまで長い間、愛用してくれた顧客は、その会社の今の製品が好きであり、自らの嗜好に合うから買い続けていたのですから、既存顧客のことだけを考えると「この製品を変える、ビジネスのやり方を変える」ことに強い抵抗感を感じるのです。

打開策を求めていた旭酒造にも霧島酒造にも、最も苦しかった時期でさえ、過去から愛飲してくれた貴重な顧客はいたはずです。

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