日中韓を振り回す「ナショナリズム」の正体

第1回 熱くなる前に、身近なことから考えよう

幕末・明治になって外国人が来たとき、こうした民衆のナショナリズムを見て彼らはビックリしました。日本人の礼儀正しさ。それから、ある意味で言えば、素朴な人間の生活ですね。羞恥心とか、西洋とまったく違うものを持っている。

そういった日本人の道徳意識というものは、私はやっぱりかなり尊重されるべきものがあると思うんです。それを種々選択して、つないでいくというのが、私たちの役目です。

戦後、「ナショナリズム」を忌避したメディア

残念なことに近代日本は、そうした下部構造のナショナリズムを抑圧して近代日本の枠組みの中に抑え込むことによって、上部構造のそれのみがナショナリズムだというふうに固定化しました。

私は、戦後の「朝日新聞」の論説をずっと調べたことがあるんですが、「ナショナリズム」という言葉は、昭和37(1962)年まで社説ではまったく書かれてない。昭和39(1964)年の東京オリンピック前になって、朝日新聞の昭和38(1963)年の社説に、ナショナリズムにはいいナショナリズムと悪いナショナリズムがある、東京オリンピックでこそいいナショナリズムを発揮しようではありませんかいうように、「ナショナリズム」が出てきます。

これは何を意味しているのでしょうか。

国家のナショナリズムが命じる国益の守護とか、国権の伸張というものが、いかに国民を抑圧したか。それに対し国民の側から、上部構造のナショナリズムに異議申し立てをすることがなかったということなんです。だから私たちは、ナショナリズムについて、極めて上部構造のナショナリズムの概念だけにとらわれてきたし、戦後、ある時期まではそれを忌避して、ほとんど使うことがなかった。

逆に、もっとナショナリズムを下部にまで下ろして、私たちの生活規範の中で、守るべきものを守ろうというのが私の考えです。そのためには、国家の上部構造が潰そうと思っても潰されないナショナリズムを、私たちは自覚して守っていく必要があるということです。それが、やはり江戸時代からの、日本のナショナリズムの本当の姿だということなんです。

しかし、昭和史を調べていくと、こういった本来のナショナリズムについて言及しているのは、残念ながら農本主義者だけなんですね。もちろんすべてとは言いませんが、農本主義者はこういったことに関して、いわゆる農業共同体、農村共同体というところに、本当に日本人の生きる姿があるとしている。同時に、それが西洋近代化の中で次々と解体していくことに危機意識を持つんです。

五・一五事件に参加した茨城の愛郷塾を率いた橘孝三郎という人はその典型ですけどね。農村の共同体にこそ、日本の、私たちの生きる道徳的規範があるんだとしている。結局、それが潰されると言って、彼は軍人と結託して、五・一五事件を起こします。その結び付きに関してはかなり不信感を持たざるをえないけれども、しかし農本主義というものが提示していたナショナリズムというのは、一概に全部批判、否定できないわけです。

私たちは、農村共同体の中の道徳規範を、いかに身に付けて、それを国のひとつの規範にしていくかということを問われているのです。それは決して狭い形の道徳規範ではない。グローバル、グローバリズムというのはイヤな言い方だけど、国際社会に通用するものを持っているんですね。そういう死生観とか、自然との共生とか、そういったものをやはり大事にすべきじゃないかというふうに思います。私がこの『日中韓を振り回すナショナリズムの正体』で言いたいのは、そういうナショナリズムなんです。

(第2回へ続く)

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