保育園「遅刻に罰金科すと、さらに遅刻増えた」訳 社会規範の影響が予想しない結果を招くことも

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それは、罰金の導入前に保護者の遅刻を抑制していたのは、「社会規範」だったのではないか、というものである。

保護者たちは、罰金導入前は「保育園との契約は午後4時までの期間しかカバーしていない。その後、先生たちは寛大に対応してくれている。その忍耐力につけこむべきではない」と考えていた。だが、罰金導入後は「先生は、閉園後も子どもの世話をするが、それには対価が払われる(「罰金」と呼ばれているが)。だから、このサービスは必要なだけ使える」という市場取引としての行動に置き換わったのでは、という。

なお、罰金を撤回しても第1のグループの遅刻は減らなかった。これは、ゲーム理論的な説明では、保育園経営者の寛大さを保護者が見切った結果、という説明になる。他方、社会規範の観点では、市場原理を持ち込んで破壊してしまった社会規範は、市場原理を放棄してもなかなか復元しない、という可能性を示唆していることになる。

市場原理がヒトに働かないという意味ではない

ただし、この実験は、経済学が重視する市場原理がヒトには働かないことを意味するものではない。

実験で、使用した10シェケルという罰金は、遅刻の対価という解釈を可能にすることで社会規範を破壊した一方、実験当時、イスラエルの違法駐車の罰金が75シェケル、赤信号無視の罰金が1000シェケル(プラス処罰)であったことと対比すると、高いとは言えないものだった(10シェケルは当時の為替相場で250円程度である)。

もし、罰金が、例えば50倍の500シェケルであれば、遅刻は減少し、社会規範破壊の影響が顕在化せず経済学の標準的行動予測に沿った結果となった可能性も十分あったはずだ。このように社会規範と市場原理は、ヒトの日常のさまざまな場で綱引きを展開していると考えられる。

イスラエルの保育園の事例は日常的な世界の話で、些末ではないか、と思われるかもしれない。そこで、偶発的な社会規範の変化が深刻な影響を与えた事例を1つ挙げておこう。

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