「青天を衝け」脚本家が渋沢栄一に心底ホレた理由 作り上げた「栄一年表」はなんと270ページ!

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現代に通じる拝金主義の危うさを描いた

資本主義の功罪を描き、武士の世を知る三野村が栄一に「誰もが金を崇拝しはじめた。あたしたちは開けてはいけない扉を開けちまったのかもしれません」と言い残す場面もあった。

「江戸時代までは位の高い人はお金に触らないというスタンスだったのが、明治維新で国政を仕切る人は金の流れも把握しなければならなくなりました。その大転換期で、商人の地位も上がっていきましたが、その転換期を作った当の栄一さんや三野村さんは世の人々が拝金主義になっていくのに警戒心があったのではないかと。栄一さん自身、お金は社会のために尽くしたときの副産物として出てくるものであって、それ自体を貯めこむことにはなんの意味もないという意味のことを言い残しています」

栄一は商業を発展させる一方で、論語の教えを指針とし「道徳経済」を掲げていた。

「人の世は経済だけではだめで、道徳や仁がなければ成り立たないということは当たり前なのですが、私たちはどうしても『お金がないと生きていけないよね』ということが先に立ってしまう。あくまでお金はツールなのに、ツールのために動いているところがありますよね。しかも、今の時代、その流れが進んでしまっているような気がします」

実は例年より大河ドラマの話数が少なく、後半、入れられなかったエピソードもあるという。特に描きたかったことは?

(写真提供:NHK)

「栄一さんが製紙会社を作った起業ドラマは描きたかったですね。明治初期、日本には和紙しかなく、洋紙は輸入するしかありませんでした。しかしこの先、紙幣や証紙を作るにも洋紙は大量に必要なのだから、ぜひ国産でということで、栄一さんが飛鳥山の渋沢邸の近くで作り始めるんですが、最初はなかなかきれいな紙ができなくて……というくだり。そこでまた大隈重信さんとの攻防があったりする。他にもガスや電気、鉄道の事業など、現代日本のベースとなる部分を作ってくれたことはもっと描きたかった」

好評だった渋沢栄一と徳川慶喜の友情物語

栄一と草彅剛演じる徳川慶喜との身分を超えた友情物語も好評だった。第40回では慶喜が自伝を作ってくれた栄一に感謝しながら世を去った。

(写真提供:NHK)

「序盤から吉沢亮さんと草彅さんのお芝居が素晴らしく、台本以上に慶喜と栄一の間には特別な何かがあるというのを見せてくれました。最後の場面も、おふたりならこういうことを言ってくれるのではと頭に浮かんできて、それに突き動かされながら書きました。栄一が一橋家に仕官したときは、会社で言えば平社員だったけれど、そこから2人の関係が作られ、50年後の大正時代まで続いたと思うと感慨深いですね。お互いに苦労し長生きしたからこそ育まれた稀有な友情だったと思います」

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