左傾化する若者「ジェネレーションレフト」の祖先 東京大学・中野教授に聞くアメリカ史(後編)
SDSのようなニューレフトはこの時期を境に社会的に孤立していくわけです。それではアメリカは、再びニューディールに戻ったかというと、そうではありません。ニューレフトの衰退を尻目に台頭するのはリベラルでなく、保守派です。共和党のニクソンが1968年の大統領選挙に勝ち、第37代大統領に就任します。
ニューディール連合を終わらせたニクソン
ニクソンは、ベトナム戦争撤退や中国訪問、米ドルの金兌換停止(ニクソンショック)などで知られますが、今回のテーマに即せば、ニューディール連合を終わらせた人物として位置づけられます。人権問題などに矛盾を抱えるニューディールの政治秩序にニューレフトが異議を唱え、社会が混乱する中で、リベラル勢力は多数派形成の能力を失っていきました。ニクソンは、都市暴動と反戦デモに揺れるアメリカ社会に「法と秩序」を回復すると宣言しましたが、そのとき「忘れ去られたアメリカ人」という有名なレトリックを使っています。
これは、フランクリン・ローズヴェルトが1932年の選挙戦で用いた「忘れられた人々」という言葉を借用したものとみられますが、ローズヴェルトの「忘れられた人々」は、大恐慌に苦しむ失業者や農民たち、つまり「経済ピラミッドの最底辺」にいる人々を指していました。これに対し、ニクソンの「忘れ去られたアメリカ人」は、経済的な困窮者などではなく、戦後に誕生した中流層です。彼らの多くは、暴力的なベトナム反戦運動やカウンターカルチャーの台頭に眉をひそめ、自分たちの地位を維持できるか不安に感じる「サイレントマジョリティ」になっていました。ニクソンは、そうした潜在的な保守勢力が南部の守旧派だけでなく、北部の労働組合員や白人層の中にも広く存在することを見抜いたのです。
――昨年、全米でBLMが燃え上がったとき、トランプ前大統領も「法と秩序」や「サイレントマジョリティ」という言葉を使い、ニクソンのアプローチを真似しました。
トランプ自身も「私はリチャード・ニクソンから多くを学んだ」と言っています。昨年の大統領選挙戦の中で、トランプは郊外に住む保守的な白人層に向けて「人種的な急進運動があなたたちの生活を脅かしているぞ」と訴えかける戦略に出ました。しかし、ニクソンのときとは違って、本当にサイレントマジョリティは存在したのか、私は疑問に思っています。
世論調査によれば、都市住民の6~7割はBLMを支持し、郊外の白人層でも人種差別は深刻だと考える人が多かったのです。また、サイレントマジョリティがどんな人たちで構成されているのかを考えてみるのも重要です。ニクソン時代のサイレントマジョリティは、先ほども言いましたが戦後の豊かな社会で中産階級化した人たちでした。ところが、この層が今どうなっているかというと、格差拡大の中ですごく痩せ細ってしまっている。典型的なトランプ支持者は、そうした中間層からさらにこぼれ落ちてしまい、孤立感と疎外感に取り憑かれた人たちだとも言われます。こうした人たちはSNSの活動などでは目立ちますが、サイレントマジョリティというほどのボリュームになっているのでしょうか。
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