小学生で「自殺未遂繰り返す母」介護した彼の悲壮 全貌が見えていない「若者ケアラー」のリアル

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Aさんは高校卒業後、作業療法士になるために専門学校に進学、その後、大学に編入した。作業療法士を志したのは「経済的に安定するし、母のことをもっと理解できるのでは」と考えたからだ。学費や生活費は奨学金などで賄った。奨学金の総額は800万円ほどになるという。

それでも前向きに生きていたAさん。ところが作業療法士として働き始めてから、精神的に非常にきつくなった。母の病状が悪化したからだ。

隣町に就職したAさんは、社会人1年目のある日、仕事終わりに「自殺する」という旨の連絡が母から入った。幸い大事にはならなかったが、過剰服薬していた。「自分に注目してほしいという気持ちが透けて見えました」とAさん。過激化する母からの連絡が煩わしくなり、着信拒否やブロックをすると、職場の夜間電話にも連絡するようになり、当然業務にも支障をきたした。

それ以外にもアパートで禁止されている犬を飼う、無職で借金をする、無計画に引っ越しや散財する、などを繰り返す母。その後始末をするのがAさんだった。

「訪問看護やヘルパーさんも母が自ら追い出してしまうので、手に負えませんでした」

母の再婚でケア生活を卒業

実はAさんは1年ほど前に、ケア生活を卒業した。きっかけは母の二度目の再婚だ。それを機に連絡が来なくなったという。「再婚しなければ、今ごろどうなっていたか」とAさん。ケアが終わった今だから言えるのかも、と前置きしながらもこう語る。

「発症前の母は掃除好きで真面目で働き者でした。クリスマスには決まって手作りケーキを作ってくれたのを覚えています。適切な処置を受けられない時期が長かったからか、躁状態とうつ状態の波の落差が激しくなり、少しずつ人格が変わってしまったんです。

今ではまるで別人で……。ただ、母は働けるときは必死に働いてくれていました。そこは感謝しています」

ケアが終わったとはいえ、Aさんの生活は楽とはいえない。奨学金は現在も月4万円近くを返済している。専門職とはいえ、作業療法士の月収も18~19万円ほどで、十分とはいえなかった。今は別の仕事を探している。

同時に、同じ悩みを持つケアラーの支援団体の運営をサポートしている。

「昔の私は孤立していました。どこにどう相談していいかわからない状態です。ケアラーと社会がつながる場所が必要です」

誰のせいでもないが、個々の家庭ですべては解決しきれない。せめて社会的な支援と人とのつながりがあればという切実な願いを聞かせてくれた。

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