インドのIT産業「カーストは無関係」の大誤解 能力のみが評価されると自己定義しているが…

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南インドではバラモンの人口比はせいぜい3~4%、「再生族」を合計しても10%程度である。また2011年の国勢調査によると、インドの大学卒業者は8.15%に過ぎない。そしてインド人の65%がいまだに農村に住んでいる。

これだけみても、ソフトウェア技術者が高カースト・高学歴の親を持ち、大都市で生まれ育った、非常に限定された特定の集団から輩出されていることが分かる。

直接カーストを尋ねることを巧妙に回避しつつ、彼らに詳細なアンケートやインタビューを行った新しい研究(Marilyn Fernandez, The New Frontier, Oxford University Press, 2018)は、IT産業においても、就職や昇進の際に、カーストや社会階級が重要であることを明らかにしている。

有名企業の創業者の多くは高カースト

例えばIT産業では就職の時に同業者からの推薦状が必要とされるが、IT産業に知り合いのいないダリトや低カーストの出身者は、学歴や成績が十分であったとしても、それを準備することは難しい。

またIT産業では特に英語力が重視されるが、両親・親戚が皆、英語を喋ることができ、幼稚園の頃から英語で教育を受けている層と、インド諸言語で教育を受けてきた者との間には、単に個人の努力だけでは乗り越えられない壁がある。

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さらに企業の創業者と同じバックグラウンド(カースト、宗派、出身地域など)の者が昇進の時に優遇される傾向があるともいう。そしてIT産業の有名企業の創業者の多くはバラモンなどの高カーストである。

IT産業は、カースト・階級などとは無関係に個人の能力・努力を重視するという「メリトクラシー(能力主義)」によって成り立っているといわれてきた。だが実際のところ、彼らのメリトクラシーはカースト・階級のヒエラルキーを再生産することに加担していると多くの研究者たちは結論づけている。

IT産業がダリトや低カーストを優遇する留保制度の導入に抵抗しているのは、彼らが主張するメリトクラシーが軽視され優秀な人材が減ってしまうからではなく、彼らがこれまで享受してきた特権が脅かされるからだと批判されても仕方がないほどに、IT産業とカーストは深く結びついているのだ。

池亀 彩 京都大学大学院准教授

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いけがめ あや / Aya Ikegame

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。1969年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科、ベルギー・ルーヴェン・カトリック大学、京都大学大学院人間・環境学研究科、インド国立言語研究所などで学び、英国エディンバラ大学にて博士号(社会人類学)取得。英国でリサーチ・アソシエイトなどを経験した後、2015年から東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2021年10月より現職。

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