秋元(2021)は、「TFP上昇率の高い産業が必ずしも付加価値シェアを拡大してきた訳ではない」と分析している。また、筆者も2017年3月の東洋経済オンラインのコラム「個人の『働き方改革』では生産性は向上しない」で、「社会における必要性が産業構造の変化を生じさせる可能性が高い」と分析した。
実際に、あまり実質労働生産性と就業者数の変化には関係がなさそうである。特に、「保健衛生・社会事業」は1994年以降の実質労働生産性の変化率がマイナスであるのに対して、就業者数が大幅に増加している。人々は経済合理性の観点とは関係なく、社会の必要性などに鑑み、就業する業種を選択しているのである。
むろん、これらの業種は恒常的に人手不足の問題を抱えており、経済合理性がまったくない訳ではない。「新しい資本主義」は、「社会の必要性」と「経済合理性」のバランスに介入することになる。「新しい資本主義」は時代の要請によって必然的に発生したものと言え、変化に身構える必要はないのかもしれない。
「新しい資本主義」には尺度がない
「経済成長」にはGDP(国内総生産)や企業利益といったわかりやすい尺度があるが、「新しい資本主義」にはそれが存在しないため、曖昧さが残る。
「新しい資本主義実現会議」では、有識者構成員の平野未来氏(株式会社シナモンCEO)から「成長の定義を、Inclusive Wealth(経済資本+⼈的資本+自然資本)としてはいかがか」という意見が示された。「GDPの追求だけでは限界があり、短期的な経済発展のみならず、持続可能性にも焦点を当て、多様な資本の充実を図り、⼼の豊かさや成長の持続可能性を実現すべき。成長の定義をより広範なものとする議論が必要と考える」という。
筆者のようなエコノミストがGDPに代わる尺度を予想する時代が来る可能性は否定できないが、相応に時間がかかる。「新しい資本主義」の議論は曖昧なまま進む可能性が高いが、「公的価格引き上げ」の動向が、その試金石となるだろう。岸田政権にとっては、本気度が試されることになる。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら