既存のデータだけではわからないことも多い中では、こういった事例証拠(Anecdotal Evidence)も積極活用するのが自然である。中央銀行は、データだけからは経済・金融の全体像がつかめないこともあることを長年の経験で理解しているので、事例証拠を政策判断の一部として積極的に活用している。もちろん事例証拠に頼りすぎたり、自分と似たような価値観の人々だけと意見交換をしたりしていると、判断を誤るので要注意であるが。
追加的な人流抑制なしでも感染は急減する
このメカニズムを根拠に、われわれは7月後半・8月前半には「自主的な行動変容による感染拡大抑制シナリオ」というものを提示していた。このシナリオでの見通しは定量的には現実との乖離もあるが、「追加的な人流抑制なしでも感染は急速に減少する」というパターンを大体捉えている。
図4では、この仮説の定量的重要性を捉えるために、過去の接触率パラメーターと新規感染者数、重症病床使用率の過去の相関関係を取り入れていたら、仮想見通しはどのように変化したかを示している。過去のデータによると、新規感染者数・重症病床使用率の増加はその後の実効再生産数の減少を予測する力がある。
結果としては、図に示されているように、この仮説は8月後半からの感染者減少をある程度説明することが可能である。
この仮説の弱点は、新規感染者数が減少して重症病床使用率が下がった10月以降でも、感染減少が続いていることを説明しにくいことである。われわれは、この仮説は8月後半・9月前半の感染減少にある一定の貢献をしたが、それ以降の感染減少の説明には他の要因が必要であると判断している。
ウイルスの流行・変異には自然の周期というものがあり人間の行動とは関係なしに増加したり減少したりするという主張も聞かれる。季節性インフルエンザが人流抑制とはまったく関係なしに毎年冬に訪れることを考えると、ウイルス学を専門としないわれわれには十分に検討に値する仮説に思える。
実際に、図5に示されているように、120日のサイクルと過去の接触率パラメーターとの相関関係を考慮した見通しを立てていたら、8月後半以降の感染減少をある程度捉えることができる。この仮説が正しいならば、感染症対策と社会経済活動の両立という視点からの最適な政策というものは根本的に見直す必要があるかもしれない。
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