フィリピン大統領に非難込めたノーベル平和賞 黄昏のドゥテルテ大統領に国際社会が与えた一撃

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ドゥテルテ氏にとってさらにショックだったのは、副大統領候補としての支持率がビセンテ・ソット上院議長に11ポイント差をつけられたことだ。ドゥテルテ氏は就任以来、歴代大統領に比べて圧倒的に高い支持率を維持し、任期後半に支持率が落ちるレイムダック現象とも無縁と思われていた。

ところが民間調査機関「ソーシャル・ウエザー・ステーション」の6月の調査で支持率が75%となり、2020年年11月から8ポイント低下した。支持率から不支持率を引いた純支持率でも17ポイント減の62%となった。歴代政権の末期に比べればそれでも随分と高いものの、この調査後にコロナ対策補給品をめぐる政府調達疑惑が発覚し、ドゥテルテ氏に近い実業家の関与が指摘されている。疑惑解明の推移に加え、サラ氏が大統領選に出馬しないことが決定すれば、政権の求心力が急速に衰える可能性は否定できない。

大統領選の構図を決める父娘劇

大統領候補のうちロブレド、パッキャオ両氏は反ドゥテルテの旗幟を鮮明にしている。モレノ氏も野党候補の位置づけだ。マルコス一家はドゥテルテ家と良好な関係にあり、ボンボン氏は麻薬戦争を継続するとしながらも「違ったアプローチで」と話している。サラ氏と交代せずにデラロサ氏が出馬しても当選の見込みは薄い。

サラ氏は再三、大統領選には立候補しないとの意思を示しているが、新型コロナウイルスに感染し療養中の現在、沈黙を守っている。一方の父親はここにきて一層、娘を後継にと願っていることだろう。レッサ氏の受賞で、自分に注がれる世界の視線の厳しさを改めて認識させられたはずだからだ。

ドゥテルテ家が中央政界から退き、側近も後継とならなければ、ドゥテルテ氏はさまざまな罪状で訴追される恐れがある。過去にも退任後のエストラダ、アロヨ両元大統が汚職などの罪で服役を強いられた。ドゥテルテ氏の場合、国際刑事裁判所(ICC)の検察官が人道に対する罪で麻薬戦争について捜査することを決めている。野党候補が大統領になり、捜査に協力する事態はドゥテルテ氏にとって悪夢である。

親子関係を外から覗うのは難しい。ましてドゥテルテ父娘でいえば、放蕩の父が娘の母を捨てて別の女性と家庭を持ったこともあり、独立心の強い娘が父親の意向に従うのかどうかも不明だ。父の窮状を救うため前言を翻すか、突き放すのか。家庭内の父娘劇が大統領選の構図を左右する。

フィリピン大統領選ではいつも外交や安全保障が主な争点になることはない。それでも誰がこの国のリーダーになるかは、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)を掲げる日本や中国と対峙するアメリカの外交・安全保障環境には大きく影響する。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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