歴史にIfはないが、オーストラリアがフランスではなく当時日本が提案した「そうりゅう型」の通常型潜水艦を選択していたとしても、結末は同様だったのではないか。それは、今回の決断の根底には前述の中国のA2AD戦略や核抑止戦略に対する米英豪の深刻な危機感があり、国際安全保障の構造が対中「新冷戦」に移行する歴史的な流れがあるからだ。
この構造的変化を踏まえ、3カ国は複雑かつ困難な国内事情を抱えつつ、またほかの同盟国との関係を差し置いてでも、対中「新冷戦」に向けて共同するという戦略的判断を行ったのである。一方でAUKUSには、「Five Eyesのアジア支店」との批判や、決定過程から除外された不信感が同盟国やASEAN諸国に漂っている。日本としても、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)やQUAD(日米豪印)、日米同盟との関係をどう位置づけていくべきか、熟慮がいる。その際、押さえておくべきポイントは少なくとも3つある。
日本に重要な海路の「航行の自由と安定」に寄与
まず、AUKUSの原潜合意は、南シナ海からインド洋に至る日本にとって死活的に重要なシーレーンの「航行の自由と安定」に大きく寄与する。オーストラリア・SSNによる海上・海中優勢の維持強化はアメリカの拡大核抑止の信頼性を向上させ、搭載巡航ミサイルはアメリカの戦力投射能力を補完し、通常戦力面でも対中軍事バランスを改善する。
オーストラリアがSSN運用能力を保持することで、米英の原潜の前方展開拠点と整備補給機能が西太平洋の南半球に生まれる。現有する6隻のコリンズ級潜水艦の母港であるオーストラリア海軍Stirling基地は、西海岸パースのガーデン島に所在し、インド洋やロンボク海峡・フィリピン海に近い戦略的要衝にある。
先般来日したイギリス空母機動部隊に随伴したアスチュート級原潜は、南シナ海で中国潜水艦と緊迫したコンタクトがあったと聞く。今後は、Stirling基地を拠点に米英豪原潜のプレゼンス強化が可能となろう。
第2に、早晩GDPでアメリカを追い抜き、軍事的にも対等の実力を備えつつある中国との新冷戦は、アメリカ1国では戦えないということだ。にもかかわらず、アメリカ外交問題評議会のリチャード・ハース会長が指摘するように、冷戦後30年間の「浪費(Squandering)」によってアメリカの「多国間主義と同盟第一の外交政策は、事実上、アメリカ第一の単独行動主義に取って代わられた」。バイデン政権も中国との「大国間の競争と短期的な国内優先事項の両方に重点を置いている」ため、同盟国から見て基軸となるべきアメリカの政策が予測困難となっている。
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