「アンチ衛生パス」運動で揺れるマクロン大統領 自由と進歩が民主主義から遠ざかるフランスの実状

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そして『革命―フランスのためのわが闘争』(2016年)という仰々しい書物を引っ提げて、大統領に当選する。マクロンは一貫して新自由主義の立場であり、フランスの競争力を高めるために自助努力をせよと述べる。「われわれが成功しなければならないのは、フランスで自由と進歩を調和させる、民主革命である。それが私の天職であり、それ以上に素晴らしいものを知らない」(265ページ)。

確かにマクロンは、意志は堅固、新自由主義の確信犯である。マクロンは、それ以前のサルコジに比べ、エリートで毛並みがよく、金銭的にも清潔なように見え、オランドに比べ、決断力が強く、上から目線の威厳をもっているように見える。

大統領になると、まさにマクロンをナポレオンの再来であるかのように喧伝するちょうちん記事が登場するようになる。旧来の政党をけちらし、まったく新しく生まれた「共和国前進」党は破竹の勢いで国民議会でも勝利し、あたかもマクロンは革命家であるかのような印象を人々に焼き付けた。

マクロンをめぐるオリガーキー(寡頭制)

マクロンは、資本主義世界で進んでいるセレブリティー社会、言い換えればかつての名望家社会を代表している。これまで、フランスでは国立の名門リセからグランゼコールなどのエリート校へ入学するのが一般的であった。それは能力主義であるメリトクラシー社会(個人の持っている能力によってその地位が決まり、能力の高いものが統治する社会)を代表していて、能力があればいい地位を得られるというフランスの機会均等を保証していた。

しかし、最近では私立のカトリック系のリセが躍進している。そしてリセには、映画俳優や大企業の子息が通い、一種の閉鎖的ハイ・ソサエティー社会を形成している。そして彼らが国立のエリート養成機関で国費を使い、社会を支配しつつある。それは、日本で受験戦争が激しくなるなか実践された高校の学区制が、私立や国立のエリート学校を躍進させたのとよく似ている。マクロンの妻、ブリジッドはまさにそうしたカトリックの私立校の教師でもあり、マクロン自身アミアンの郊外のプロヴィダンスというカトリック校の出身である。

映画作家ホアン・ブランコは『さらば偽造された大統領』(杉村昌昭ほか訳、岩波書店、2020年)の中で、マクロン体制をこう評している。

「マクロン体制は、ヒューマニズムでもなければイデオロギーでもない。それは、――「寡頭制」に他ならない。それは先立つ二期の大統領が失墜したあと、いかなる大統領と気脈を通じるべきかわからなくなっていた(大)ブルジョワジーの既得権益の保有と最大化のシステムである」(xiiページ)。

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